欧州最大のホテルチェーン仏アコーは2024年春、日本初上陸となる「グランドメルキュール」12軒と、すでに東京・銀座などで展開している「メルキュール」11件の計23軒のホテルで6500室以上を一斉開業させる。アフターコロナのインバウンド需要の回復を見据え、日本での存在感を拡大させるための展開だ。
これだけの数を一気に開業させる理由は何か? アコージャパンのディーン・ダニエルズ社長に狙いを聞いた。
まず、世界のホテルの客室数ランキングを見てみたい。1966年創刊のホテル業界誌『HOTELS』21年7、8月号によると、1位は米マリオット・インターナショナルで142万3044室、2位は中国・錦江国際集団の113万2911室、3位が米ヒルトンで101万9287室となっている。
アコーは75万3000室と6位につけ、欧州では最大のホテルチェーンだ。傘下ブランドにメルキュールの他、ラッフルズ、ソフィテル、ノボテルなどを持っている。
日本では05年の段階で、322室を展開するにとどまっていた。翌06年に観光立国推進基本法が成立して以降、15年に938室、20年に3581室、23年7月には4498室まで急速に拡大させている。さらに23年末までに4864室まで伸ばす計画だ。
今回、日本で力を入れる「グランドメルキュール」は世界12カ国・地域で約60拠点を有する。「Proudly local 〜その地に、誇りを〜」をコンセプトに、その土地の食や文化に深く触れられるアップスケールのホテルだ。
一方の「メルキュール」は、60カ国・地域に900以上の拠点がある。「Local inspired hotel 〜ローカルインスピレーションから生み出されるホテル〜」をテーマに、土地の魅力を食・デザインを通じて感じ取ってもらう思いを込めたミッドスケールブランドだ。つまりグランドメルキュールの方がメルキュールよりもハイブランドとなる。
来年春までにグランドメルキュールは奈良、北海道、栃木、三重、滋賀、大分などに12軒、メルキュールは京都、長野、和歌山、富山、鳥取、福井などに11軒を開業させる計画だという。
11月1日からの1人1泊で価格を比較してみた。タイ・バンコクの「GRAND MERCURE BANGKOK ASOKE RESIDENCE」は約1万4400円、同じバンコクの「MERCURE BANGKOK SIAM」は1万800円となっており、約3割強、グランドメルキュールの価格が高い。
新型コロナの悪影響を最も受けた業界の一つがホテル業界だ。
今回の一斉開業では、拡大路線を続け日本に狙いを定めたアコーが、リゾートホテルを展開してきた大和リゾートの有する既存ホテルをリブランドすることによって、アコーブランドを展開する。
大和リゾートは、もともと大和ハウス工業の傘下だった。大和ハウス工業はビジネスホテルに集中するため、7月19日付で保有する大和リゾートの全株式を、ジャパン・ホテル・リート・アドバイザーズ(JHRA)がアセットマネージャーを務める恵比寿リゾートに譲渡した。
ホテルを専門分野として不動産投資運用を手掛ける独立系の資産運用会社JHRAは、アコーとの長年のリレーションシップを踏まえ、大和リゾートのリブランドを提案した。アコージャパンのダニエルズ社長は、JHRAからの話がアコーとしては「渡りに船」だったことを明かす。
「アコーは現在、グループとして拡大路線をとっています。日本は05年からコロナ前まで急成長をしてきた市場です。確かに23軒一斉開業はチャレンジングではあります。ですが日本市場は、コロナ後もまだまだ伸びると考えています。加えて日本ではアコーという名前の浸透率は低いため、短期間で、かつ地方にまで知名度を上げられる機会でもあります」
こうして大和リゾートが全国各地に抱える「Royal Hotel」など数多くの既存ホテルをアコーがリブランドすることで、23軒ものホテルを一斉に開業させることになった。
すでにアコーは、合計21軒を国内で展開中だ。来年早々までに3軒のホテルを開業させて計24軒になる。来年春ごろまでに23軒を一気に加えて47軒体制とする予定だ。
アコーが「ローカル」をテーマとするメルキュールブランドを持っていることは、日本全国に展開する上で、有効に機能した。一つ上のグランドメルキュールとメルキュールを、ブランドとしてどう使い分けたのかを問うと「その地域が持つ観光地としてのポテンシャルと、改修する既存ホテルの規模などを勘案して決めた」と話す。
アコーが、インバウンドの取り込みに加えて、新たに開拓したいターゲットがある。団塊の世代だ。ダニエルズ社長は「彼らがアクティブシニアとして、時間をかけ、ゆとりをもって旅行をしてくれることを期待しています」と意気込む。
経済的に余裕がある団塊の世代を取り込むことは、成長のために重要だと捉えている。これには理由があるようだ。
「国内需要とインバウンド需要は7対3ぐらいを想定しています。この数字は実際に運営してみないと確定できません。ですが、まだまだ日本人観光客の需要の方が大きいのが実情です」
国内需要が大きい上に、インバウンド客が増加するとどうなるか。コロナ前にトータルの観光客数が増えて、今も世間を騒がせ続けているのが「オーバーツーリズム」だ。訪問客の著しい増加が、地域住民の生活に負の影響をもたらしたり、観光客の満足度を著しく低下させたりするような状況を指す。ダニエルズ社長はこう話す。
「例えば京都では観光客が多すぎるがゆえに、問題が発生しています。しかし、まだ知られていない地方の観光地にインバウンド客を誘致できれば、オーバーツーリズム解消と地方観光の活性化につながると考えます」
事実、観光庁の宿泊旅行統計調査を見ると、外国人宿泊者数トップ15の都道府県だけで全体の88%を占めている実態があった。
日本政府観光局(JNTO)は9月、「JNTOインバウンド振興フォーラム」を開催した。そのフォーラムのテーマは、世界各地にあるJNTOの海外事務所が「いかにして地方に外国人観光客をいざなっていくのか?」だった。
「アコーは、地方自治体と一緒にインバウンド客の誘致を進める必要があると思っています。地方自治体の方と話すと『外国人への認知の仕方が分からない』とか『繁閑の差があまりにも大きい。観光客の平準化を図るためにもインバウンドが必要』とも話していました。私たちは特に欧州のお客さまのことを知っていますから、自治体と一緒にパッケージプランを作りたいですね」
かつて筆者の外国人の知人が、こんなことを嘆いていた。
「日本の宿泊施設に長期滞在すると、ホテル内のレストランの数は少なめだから毎日利用すると飽きてしまう。だから外出する必要がある(=ホテル内でゆっくりできない)。だからといって旅館に行ったときの夕食メニューでは毎日、料理がほとんど変わらないので飽きてしまう」
ダニエルズ社長によると「メルキュールに泊まる外国人の平均滞在日数は約7日」だという。であれば、特に高級路線のグランドメルキュールならホテル内に日本、フランス、中華など1週間分の料理を楽しめるだけのレストランがあってもいいはずだ。
「今回のリブランドでは、全てビュッフェにしました。メニューの数を大幅に増やして飽きがこないようにしています。佐賀県唐津にオープンするホテルでは、特産品のイカを使うなど、その土地の食材を生かした料理を多く開発しました」
従業員は、既存のホテルで働いていた人たちを継続して雇用し、地元の雇用維持を図った。現在はメルキュールのスタイルを知ってもらうための訓練をしている。地方独特のおもてなし文化と、メルキュールのホスピタリティ文化を、いかにして融合させていくかは運営のカギとなりそうだ。
「メルキュールのスタンダードのサービスは維持しつつも、ローカルをテーマとしたホテルなので、2つのバランスをうまく取っていきます」
観光地としての「日本」は、世界の観光客にとってもはや1つのブランドといっても過言ではない。東京、大阪、京都などに集中するのではなく、分散型の観光に変えていくことは、地方の魅力を外国人に知ってもらうきっかけになる。
外国人観光客が少ない地方都市にとって、海外に強みを持つアコーの力を使えるのは魅力だ。それがオーバーツーリズムの解消にもつながるのなら、まさに「一石二鳥」でしかない。
これからメルキュールの名前が開業先の地域に浸透していけば、フランスの海外ブランドホテルが日本の地域に浸透し、「地元密着」に成功した事例となる。今回の開業によって、地方にどれだけの外国人観光客を呼び込めるのか注目だ。
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