「リニア中央新幹線」の静岡は、いまどうなっているのか 論点を整理してみた杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/8 ページ)

» 2023年12月15日 09時55分 公開
[杉山淳一ITmedia]
  • 工事期間中の山梨県への流出(決着)

 JR東海が「全量戻し」で議論に臨むなか、新たな問題が現れた。JR東海は「トンネル工事期間中の10カ月間は静岡工区から出た水は山梨県側に流れていく」と説明した。これに静岡県側は反発する。全量戻しの約束ではなかったか。

 トンネル工事は標高の低い方から高い方へ向かって進む。下から上だ。逆に、上から下へ向けて掘っていくと、工事中の出水が掘削の最先端にたまってしまう。出水量が多いと機械も作業員も水没する。だから下から上へ、山梨県側から静岡県側へ掘っていき、出水すると山梨県側に流れていく。これが「静岡の水を山梨へ捨てる」という解釈となった。10カ月間だけの話だし、山梨側に流れる水は300万〜500万立方メートルで、これは大井川の年間流水量の0.2%程度だ。それでも静岡県側は納得しない。

 そこでJR東海は「田代ダム案」を示した。田代ダムは東京電力の関連会社が所有し、大井川から発電のために取水して、発電後の水は山梨県側の早川に落ちる。田代ダムもかつて大量に取水し大井川の川枯れの原因となった。住民の「水返せ運動」が起こり、水利権が更新されるたびに取水量を減らし大井川に戻している。けれども、下流域が満足する水量は戻ってこない。

 そこにきて、大井川の水が流出する代わりに田代ダムの水を戻すこととなった。静岡県からは「戻せるならリニア中央新幹線に関係なく戻せ」という声も上がる。しかしこれは、田代ダムで発電する東京電力に対して、JR東海が工事期間中の発電量不足による不利益を金銭的に保証するという約束があって実現したことだ。工事が終ったら元通りで、その後の水利権交渉とは別問題である。むしろ静岡県がいうように、工事中の田代ダム水戻し案と元来の水利権問題は関係ない。

 「田代ダム」については、JR東海が住民説明用のパンフレットをつくり、流域市町に説明した。23年11月29日、県と大井川流域市町などで構成する「大井川利水関係協議会」が、前提条件なしで田代ダム案を了解した。JR東海にも通知済みと報じられている。

トンネルを上向きに掘る理由。この時に県外に流出する水は、同量を田代ダムから戻す(出典:JR東海、大井川の水を守るために 南アルプストンネルにおける取組み
  • 水平先進ボーリング(議論停滞)

 水問題はこのほかに、山梨県側から静岡県に向けた先進ボーリング時の出水問題もある。これは地質調査のために直径12センチの筒を掘り進める作業だ。静岡県はここで出る水も戻せと主張している。この問題は山梨県内の工事について静岡県知事が停止を要請するとか、それに対して山梨県知事が越権行為的だとコメントし、「山梨県の工事で出た水は山梨県のものだ」とわざわざ主張するほどだった。

 出水量は多いときでも毎秒700ミリリットルと見積もられており、全量戻しのきっかけとなった毎秒2トンに比べればごくわずかだ。JR東海としては、なるべく静岡県側の先進導坑から大井川に戻し、そのうえで山梨県側の出水量を計測し、田代ダムから戻す量に加算すれば良いだけのことである。これは実現可能だから、静岡県に反対する理由はない。決着は時間の問題だろう。

 静岡県の川勝平太知事は「私はリニア中央新幹線に反対していない」「命の水を戻せないなら南アルプストンネルルートはあきらめるべき」と主張していたけれども、命の水は戻ることになったので、もはやルート変更を主張する材料を失っている。

水平ボーリングの仕組み。ロッドは管になっており土石を採取できる。水も管の内外を通って流れてくる(出典:JR東海、中央新幹線南アルプストンネル山梨工区 山梨・静岡県境付近の調査及び工事の計画について

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