日本市場に商機を見いだした欧州最大のホテル運営、仏アコーは2024年4月1日、日本初上陸となる「グランドメルキュール」12軒と、東京・銀座などで展開している「メルキュール」11軒の計23軒、6471室を一斉開業させる。
同社が11月に開催した「開業日・自治体連携プロジェクト発表会」に合わせ、アコーアジアのプレミアム ミッドスケール エコノミー部門のガース・シモンズCEOが来日した。
シモンズCEOに「これだけの多額の投資を回収できるのですか?」と質問すると、「Yes. Very Much(はい、もちろんです)」と自信をもって回収できると答えた。CEOへのインタビューから日本を“狙い撃ち”した理由や、市場攻略のカギに迫る。
「世界で最も魅力的な国」1位は日本――。世界的に有名な米国の旅行雑誌『コンデナスト・トラベラー』が発表した読者投票によるランキング「Readers Choice Awards 2023」で、日本が前年の2位から1位に選出された。満足度が高い渡航先として日本の人気が高いことが証明され、インバウンド需要のさらなる回復が見込まれる。
東京、札幌といったメジャーな観光地でホテルを運営してきたアコーは今後、地方を重視することを発表会で宣言。全国各地の地域に根付く伝統や文化、地域住民との触れ合いを楽しむことで、地方の観光地を活性化する独自のコンセプト「はなれ旅」をアピールした。地方に観光客を誘致することによって、オーバーツーリズムの解消も狙う。
発表会では、はなれ旅に賛同した山梨県北杜市、鳥取県伯耆町、千葉県南房総市の各首長もあいさつした。鳥取県大山の西側で、米子市の南東部にある伯耆町は人口約1万人の自然が豊かな町だ。かつて福山雅治が師事した世界的な写真家の「植田正治写真美術館」もある。
森安保町長は今回の提携に大きな期待を寄せていた。
「世界的な観光戦略に知見のあるアコーさまが加わることで、伯耆町の観光商品の認知が上がり、よりレベルアップできると考えています。新型コロナウイルスが5類になり、欧米の観光客は増えました。メルキュールブランドは特に東南アジアでのブランド力が高いので、さらに増えることを望んでいます」
会場でブースを構えていたのが、三重県志摩市の観光協会だ。海女小屋体験館「さとうみ庵」で海女文化を広めている現役海女の林喜美代さんも宣伝活動をしていた。海女が実際にアワビなどを取るときに使う道具なども展示していた。
さとうみ庵では地元で採れた食材を客に提供する他、海女と客が交流し、海女文化を伝えているという。同市の担当者も「アコーとの具体的な話はこれからですが、こういった機会をフックに、外国人観光客を呼び寄せたいです」と意気込む。
23軒、6471室という規模でホテルを一斉開業する理由は、アコーが日本の観光市場にポテンシャルを感じているからだ。
「日本はコロナ前から市場として魅力的でした。それはコロナ後も変わっていないですし、外国人観光客の回復スピードは速いと感じています。日本の空港全体の発着枠にはまだ余裕があるので、さらに外国人観光客を呼び込める余地があると思っています」(シモンズCEO)
円安は観光客が増える要因になったと言われている。
「リブランド前のダイワロイヤルホテルグループでは国内の旅行者が多かったのです。これからインバウンドの客数を高める上で、円安は確実にプラスです。インバウンド客の目標は、各ホテルにおいて今後2年間で2倍にするのが目標です」
為替は常に変動するもので、円安が永遠に続く保証はない。1米ドルが何円になったら、来日客が減ると考えているのか。CEOは「円高になれば、少しは影響があるでしょう。しかし日本観光そのものの価値が高いので、来日客の伸び方は抑えられるかもしれませんが、来日客自体は伸び続けるでしょう」と楽観的だ。観光地としての魅力があれば、為替をあまり気にしなくてもよいと評価している。
「開業する23ホテルは、日本人でも行ったことのない人が、少なくないはずです。住人は自国や地元の良さには気付きにくいものですが、その地域を知らない海外の観光客から見ると、日本はとてもユニークな観光地です。コロナ前は今よりも円高でしたが、それでも年々、来日客数は増加していました。欧米圏に住む人々にとっては、文化や経済活動が180度異なる日本は新鮮に映ります。だからこそ、唯一無二の重要な市場と捉えているのです」
アコーという名前は日本では、まだそれほどの知名度ははい。23軒同時開業はインパクトが強く知名度向上に寄与しそうだ。
「その通りです。それに加え(独自の会員制度である)ロイヤルティープログラム『All』の会員数拡大につながると期待しています」
地方観光の課題の1つにアクセスの良しあしがある。外国人であればよりそのハードルが上がりそうだ。だがCEOの答えを聞くと、筆者も思わず納得してしまった。
「その辺りは、自治体の関係者と話し合いをしています。ただ、日本は世界でトップクラスの交通システムを持っているので、大きな心配はしていません。例えば、海外のリゾート地に行くとします。日本よりも交通システムが脆弱であるにもかかわらず、外国人観光客は大勢います。日本人は地方の観光地にたどり着くのが大変だと感じるかもしれません。ですが実は、外国人にとってはそれほど大きな障害にならないと思います」
筆者の経験では、カナダでは「次のガソリンスタンドまで250キロ」という道路標識を見たり、イタリアでは新幹線が45分遅れたり、香港ではバス停で厳密な到着時間が分からなかったりと、不便だったことは枚挙にいとまがない。目的地への到着時刻の計算がしづらい外国と比べると、日本では大体の計算ができることがほとんどだ。外国人にとって日本国内の移動はストレスが少ないのは間違いないだろう。
「もちろん、地方の魅力的な場所を知ってもらうには、どういったユニークな体験ができるかを、SNSやWebなどを通じて情報発信しないといけません。ここはチャンレンジングな部分です。今回のプロジェクトでは、ロイヤルティープログラムのメンバーにニュースレターで『こういったホテルができました』と告知したり、日本語だけでなく、英語版のプレスリリースも作成したりしました。パリの本部からも発信することで欧州メディアにも関心を持ってもらえています」
いくら地方に送客するといっても、有効な観光資源がないところでホテルを運営するのは簡単ではない。地方展開をする上でどのような基準を設けているのか。
「3つあります。『立地』『ブランド』『パートナー』の全てがマッチすることが必要です。これがリブランドをし、かつ地方展開していく上でのカギです」
前回の記事【6500室を一斉開業 欧州最大ホテルチェーンが日本を“狙い撃ち”した理由】でレポートした通り、今回は大和リゾートが地方に所有していた既存のホテルをリブランドする形でのスタートとなる。CEOは過去のリブランド事例を挙げ、実績があることを強調した。
「22年はオーストラリアで、20件のホテルをメルキュール、イビススタイルズ、ノボテルに約4カ月で転換しました。タイのプーケットにあったヒルトンホテルもプルマンにリブランドしました」
競合も多い中、メルキュールが選ばれるホテルになる方策は「ハードとソフト」の両面を充実させることだという。「ハード面では、リノベーションをする時に、どんなデザインにするかが肝要」だと話す。
大和リゾートが展開してきたホテルはファミリー層を狙った施設が多く、静かに過ごしたいカップルにとっては利用しにくいところがあったという。「そこで山梨県八ヶ岳にあるホテルは、チェックインフロアを2つに分け、両者が来やすい施設になるような工夫を検討しています」。
ソフト面で大事なことは、メルキュールで展開してきたサービスを、現地のスタッフに修得してもらうことだという。
「アコーでは社員を『ハーティスト』(ハートとアーティストをかけあわせた言葉)と呼んでいて、1月からハーティスト・トレーニングを開始する予定です」
トレーニングするとはいえ、従業員側の立場からすれば接客や運営面など、従来までのやり方を変えなければならない。アコーのやり方を受け入れてもらうコツはあるのか。
「働く人にとって、確かに変わることは簡単ではないと思います。ただ、完全に変わるわけではありません。アコーのホスピタリティ方法を伝えつつも、これまでの社員と対話を繰り返しながら、新しいホテルを作り上げていきます。リニューアルについていえば、ライバルのホテルがどんなことをしていて、どうすれば差別化を図れるような体験を提供できるかを一緒に研究しながら進めてきました」
このように社員とコミュニケーションを密にすることを意識したという。その結果リニューアル後は、一例として山梨県の八ヶ岳にあるホテルではボルダリングエリアの設置など、全天候型の遊戯施設の設置を実現させたという。
23施設を開業した後の展開についても、CEOは野心をのぞかせる。
「アコーは日本、インド、インドネシア、シンガポール、タイの市場にフォーカスしていますが、日本では23軒以外でもさらに展開していきたいと考えています」
アコーは傘下にいろいろなホテルブランドを抱えている。メルキュール以外のブランドで日本にふさわしいブランドは何かを聞いてみると「それは言えないなあ」とにこやかに答えた。彼の頭の中には、すでに何らかのブランドがあるようだ。
リーダーとして重要なことを聞くと「柔軟性を持ち、相手を信用すること。規律やバランスも大事です。そして、何が正しいのかを自分に問いかけることを心掛けています」と話すCEO。今後、自分自身に問いかけた正しい答えが、日本市場での「次の一手」になる。
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