リテール大革命

日本にはない「混雑しないファストフード」 シンガポールで見つけた“ささやかな”リテールDX(1/4 ページ)

» 2024年01月18日 08時30分 公開

 リテールメディア、インストアアプリ、AIカメラによる店舗導線分析──国内の小売・店舗のDX化の話題が非常に盛り上がってきた。

 昨夏、筆者は家族旅行でシンガポールを訪れ、一人の消費者、家族の引率者として、ホテルや飲食店、タクシー移動に観光地巡りを楽しんだ。ホテルでのチェックイン、飲食店でのオーダー、ショッピング、そこにはコロナ禍前には存在しなかった「デジタルとリアルが融合した便利で心地よいさまざまな顧客体験」があった。

シンガポールのリテールDXに迫る(画像:ゲッティイメージズより)

 では、その体験一つ一つが画期的で、想像もしてなかったかと言えば、実はそうではない。QRコード、アプリやタブレットなど、普段手にしているスマホの中、あるいはその延長線上にあるような「頭の中で想像できる範囲」であった。しかし「日本国内ではあまり見ない(できていない)」といったデジタル融合体験であった、と言える。

 本記事では、小売業・店舗を対象としたDX、特に顧客体験(CX)を向上させるような取り組み(以降、リテールDX)について、筆者自身のシンガポールでの体験になぞらえて解説する。

 まずは筆者が旅行で感じたさまざまなシーンにおけるデジタル体験を紹介し、こういった動きの背景となっている小売業界の市況とトレンドに触れる。その上でリテールDXソリューションを構造的に整理して紹介、最後に筆者の経験からリテールDXを成功させるポイントをお伝えしたい。

混雑しないファストフードに、「銀行」っぽくない銀行でのCX

 シンガポール・チャンギ国際空港に着くと、筆者と家族は外国人旅行客として自動化レーンに誘導された。そこで一人ずつ、パスポートをスキャンし、併設されているカメラで顔の特徴(と虹彩認証?)、さらにバイオメトリクスキャナーに指を入れて指紋をスキャンした。

 無事、入国審査をクリアすれば、パスポートと生体情報が電子ビジットパスに登録される。これ以降、次の訪問時に自動化ゲートを利用できる。例えば、期間中にマレーシアに足を延ばし、再度シンガポール経由で帰国する場合、再度外国人旅行客用のゲートに並ぶ必要がなくなるのだ。この入国のスムーズさは非常にありがたい。

 また、とある人気ファストフード店での体験もストレスが少なかった。入口を入って正面カウンターに並び、店員にオーダーを……という流れではなく、まずはカード端末にクレジットカードを挿して、タブレットで商品を選択する。そして、フードコートなどに置かれているオーダーを知らせる端末(料理が完成するとブルブル震える)を1本選び、端末番号をタブレットに入力、注文ボタンを押せば決済が完了する。

 空いている席で待っていると、完成を知らせるブルブルブルという合図が鳴る。それを持ってカウンターに行くと、店員が満面の笑みで商品を渡してくれる。店員がお客にしたことと言えば、「満面の笑み」と「商品を渡す」の2つだけである。その極限までそぎ落とされた仕事であるがゆえなのか、彼らが浮かべる笑顔は最高であったことは言うまでもない。

 さらに、知人から聞いて興味を持っていた「銀行っぽくない銀行」にも足を運んだ。銀行名で検索し、滞在ホテルの最寄り支店を訪れてみると、確かに「何屋さん?」という見た目なのだ。カウンターに窓口スタッフがいるという様相ではなく、オープンで、楽し気な雰囲気な入口。厳密には扉はなくオープンエントランス。カフェっぽい雰囲気を感じながら入っていくと、実際にカフェがあり、飲み物をオーダーして飲食ができる。店舗内を見回してみると、壁や通路にはいくつかのサイネージやタッチパネル機器が並んでおり、そこで現金預け入れやATMの利用、デビットカードの交換など、これまで窓口で提供していたほとんどの取引が店内に設置されているセルフサービス機で行える。

 あくまでもざっと見ただけの所感でしかないが、ここに新しい金融サービスがあるのか? と言われれば特にあるわけではなさそうだが、この店舗にくるのが楽しくなるのか? と言われれば、間違いなくYesと答える。そんな銀行であった。

 その他にも、テーマパークの入場予約やそこでのアトラクション予約、ホテルのチェックイン・アウト、飲食店、タクシー利用、あらゆる旅行シーンそれぞれで少しずつ、地味に、しかし着実に日本よりもデジタル化が進んでいる感覚を得た。これらは決して日本国内で何一つ実現できないことではないはずなのに……なぜほとんど見ないのか? これが今回の旅行で持ち帰った沢山の土産の一つとなった。

 まじめな内容に話を戻すため、コロナ禍の影響が直撃したと言われる小売業の市場を見てみたい。

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