CxO Insights

東北大が「国際化」に注力する理由 大野総長「人材の多様性なくして日本の未来なし」東北大学の挑戦(1/2 ページ)

» 2024年02月28日 08時00分 公開
[今野大一ITmedia]

 東北大学は「国際卓越研究大学」(卓越大)の認定候補に選ばれた。選出理由の一つには全方位への国際化が挙げられる。

 こうした姿勢は以前から国際的にも評価され、英国の日刊紙「タイムズ」が発行する「Times Higher Education(THE:タイムズ・ハイヤー・エデュケーション)」の「THE日本大学ランキング」において、4年連続で1位に選ばれた。

 東北大のもう一つのキーワードは「多様性」だ。同大は1907年の開学から6年後の13年に黒田チカ氏、丹下ウメ氏、牧田らく氏という3人の女性の学生を日本で初めて受け入れた。ダイバーシティを100年以上前から重視し、先進的な大学であり続けている。

 産業界のゲームチェンジ技術ともいわれる「超省電力」のスピントロニクス半導体研究の第一人者である大野英男総長は、博士課程を出た学生に対して日本企業の給与が低すぎる現状に警鐘を鳴らす。その真意に加え、国際化と多様性を重視する意味を聞いた。1回目に続き、お届けする。

大野英男(おおの・ひでお)1954年生まれ。1982年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。専門は半導体物理・半導体工学、スピントロニクス。東北大学教授、東北大学電気通信研究所長などを経て2018年4月から第22代東北大学総長。東京都出身(以下、東北大学提供)

日本企業の初任給が低すぎる

――大野総長は以前のインタビューで「博士課程を出た学生に対して、日本企業の給与が低すぎる」と問題提起をしていました。学生には「低い給与で雇われるのなら、いっそ海外に出て行ったらいいんじゃないか」とおっしゃっているとのことですね。

 そこはわれわれ大学の博士育成の反省点でもあります。日本企業の給与が低いと、日本の頭脳が海外に流出してしまうという指摘もあります。しかし私は、海外に流出してもいいんじゃないかと思っています。

 大学は、日本に閉じこもって何かを研究するような博士を育てているわけではありません。もちろん文化的な背景もありますが、それを乗り越えて優秀な人材が世界にどんどん打って出てくれれば、給与は自然に上がると思うんですよね。海外と全く給与水準が違うのですから。米国の水準では博士を修了したならば、学部卒と比べて給与額が倍になる例も多いのです。ここから考えると、日本企業は博士に対する給与額が低すぎるといえるかと思います。

 そんな状況を見ると、世界に打って出る人たちを十分に育て切れていないという意味で、われわれにも反省すべきところが大いにあると考えています。ただし最近の調査では、日本企業においても博士の生涯賃金は高く、仕事の満足度も高いとするものがあります。これはもっと知られて良いことと思います。

――東北大が国際化に力を入れている意味はそこにもあるのですね。例えばですが「学術界の大谷翔平」のような人材を、今後は育てていくべきだということかもしれません。

 全くその通りです。国際性をもっと付けていかなければいけないと考えています。もちろん野球やサッカーとは違いますが、世界を舞台にしている点では同じです。研究者も世界で通用しなければなりません。東北大は国際化で評価されていますが、それでもまだまだ不十分です。

――日本企業が、そのような高度な人材を活用できていないという指摘もあります。

 日本のGDPの大半が内需で出来上がっています。貿易立国といわれていますが、海外とお付き合いをしている企業は限られています。しかし今後は、内外に価値を提供していかなければなりません。エネルギーや食糧は自給できていないわけですし、人口減少の中で経済を回していくにはグローバルな視点や活動が重要になります。

 今は世界が大きく変わって、変化のスピードもどんどん速くなっています。研究大学は世界の研究機関と協力し、かつ国際的な学術成果を挙げるという意味で、世界を相手にして活動をしていますから、そのスピードの速さが実感として分かります。留学生も含めて多様な人材を育成し、活躍できる人たちを次々に輩出していかなければ、われわれの未来はないと思います。世界で通用する高度人材を育成していきますので、ぜひ活用してほしいと考えています。

――実際に東北大のキャンパスを歩いていると、かなり多くの留学生や海外出身の学生が見られますね。

 博士の30%は海外の学生です。修士は少し割合が減り、学部生になると先に述べました通り2%と、とても少なくなります。大きな理由の一つが学部の学生定員が厳格に規制されている点にあります。

 国立大学には、納税者の子女に低廉な授業料で高等教育を提供する使命があります。ですので定員規制の中で、学部学生の納税者の子女でない留学生の比率を高くすることに、これまで慎重でした。しかしグローバルな視点で切磋琢磨する環境は、日本人学生、留学生を問わず重要な環境です。いま私たちが主張しているのは、留学生の授業料の設定を柔軟にし、かつ人数を規制の外枠にすることです。米国の州立大学では、州と州以外で授業料を分けています。英国の大学や韓国でも同様です。

 授業料を柔軟にすることによって、国際的な競争にさらされる、われわれの教育の価値も可視化もできます。それだけの価値がなければ、見合う授業料を払って入学したいとは思わないわけですから。

 東北大として、国際的な視点で教育の価値を高めていきたいですし、優秀な留学生層を獲得するためのリクルーティングを展開する原資にもなります。マーケットメカニズムが働かないと、日本の大学の国際化は進化しないと考えています。世界の人材獲得競争に参加して学部段階で優秀な留学生を獲得し、その比率を20%まで高める。これにより卓越大にふさわしい学部教育が展開できると考えています。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.