HR Design +

サントリー「営業一筋25年」のシニア社員 兵庫県の自治体出向で何を学んだ?勝ち続けるための「リスキリング」

» 2024年03月15日 08時30分 公開
[ほしのあずさITmedia]

 日本は「リスキリング後進国」という不名誉な称号を与えられている。

 パーソル総合研究所が実施した調査「グローバル就業実態・成長意識調査」によると、勤務先以外での学習・自己啓発について、日本は52.6%が「特に何も行っていない」と回答した。全体平均の18.0%を大きく上回る結果だ。

 学習・自己啓発への自己投資も少なく、日本は42.0%が「現在投資しておらず、今後も予定はない」としている。「すでに自己投資している」割合の全体平均は7割超ということを踏まえると、日本の自己研鑽意欲の低さが目立つ。

日本は学習・自己啓発をしていない人が他国に比べて圧倒的に多い(画像:パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査」)

 そんな状況を危惧してか、政府はリスキリング促進に乗り出した。2022年10月、岸田文雄首相は所信表明演説の中で「リスキリングの支援に5年で1兆円を投じる」と宣言。23年6月には経済産業省が「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」をスタートさせた。

 企業にも要請が広がっている。サントリーホールディングス(HD)のピープル&カルチャー本部の辻佳予子さんは「当社では、『人』こそが経営の最も重要な基盤という『人本主義』を掲げ、社員のリスキリングに力を入れてきました」と話す。

サントリーは「『人』こそが経営の最も重要な指標」として人本主義を掲げている。写真は、ピープル&カルチャー本部の辻佳予子さん(画像:サントリー提供)

 サントリーの動き出しは早かった。同社がグローバルに発展していくための人材育成プログラムとして、15年に企業内大学「サントリー大学」を開講。全世界の約4万人の社員が対象で、経営課題を意識した学部の設立や企業理念浸透やビジネス素養強化を目的とするさまざまなプログラムを提供している。

 23年4月には、40代以降の社員をターゲットにした「100年キャリア学部」を設立。人生100年時代を見据え、自らキャリアをデザインするマインドセット・スキルセットの獲得を支援している。

 政府の大号令の前から社員の学習に投資してきたサントリーのリスキリングはどのようなものか。今回、100年キャリア学部のプログラムを活用し、60歳で兵庫県三木市に出向したシニア社員の話を聞いた。

営業一筋25年 58歳で「定年を意識」

 100年キャリア学部の支援内容としては、キャリアワークショップの受講必須化やeラーニングコンテンツの提供に加え、資格取得支援や地方自治体へ出向する「地方創生人材制度」など多岐にわたる。

23年4月、キャリア100年学部を立ち上げた(画像:プレスリリースより)

 その中でも、内閣府の「地方人材支援制度」を活用した「地方創生人材制度」は、サントリーでさまざまな経験を積んだミドル・シニア社員が地方自治体に出向し、自治体の振興や行政機能強化などに取り組むというユニークなプログラムだ。会社の外で新たな経験に触れることで、本人のキャリアの活性化や社内の人材の多様化につなげる狙いがある。

 地方創生人材制度を利用し、三木市へ出向している岡本浩志さんは58歳で当プログラムへの参加を決めた。現在62歳の岡本さんは、サントリー入社後、25年間営業職として務め上げたベテラン社員だ。営業部長にまで登り詰めたにもかかわらず、なぜ新天地を目指したのか。

 岡本さんは、53歳の時点では定年後のキャリアについて深く考えていなかったと当時を振り返る。「当時、営業部長として働いていました。100年キャリア学部の受講必須のワークショップに参加しましたが、その際は定年にあたる65歳以降のキャリアについて深く考えていませんでした」(岡本さん)

 岡本さんの考えが変わったのは5年後。役職定年を迎えた58歳で再び必須のワークショップに参加し、定年を意識するように。そこから自主的にリスキリングに取り組み始めた。

 その過程で「サントリーでの経験を外でも試したい」と考えた岡本さんは、地方創生人材制度に応募。22年、60歳のタイミングで三木市に出向した。この2年間、自治体に所属しながらどのような業務を行ったのだろうか。

三木市で「自分にできること」 岡本さんの挑戦

 出向後、岡本さんは三木市の総合政策部縁結び課に所属。市と企業が連携し、市民の課題解決に取り組む同課で、耳の不自由な人が抱えるコミュニケーション不安の解消に着手した。

 その結果、AI文字起こし技術を有する企業と専用タブレットを開発。職員の言葉がリアルタイムで文字起こしされるコミュニケーション支援の協働実証に携わった。

 また三木市は「ゴルフのまち」としての顔も持つことから、コロナ禍明けに焦点を当てたブランディング強化にも取り組んだ。インバウンド向けにゴルフツアーを行った後、酒蔵見学や鍛冶体験といったゴルフ以外のアクティビティも楽しめるパッケージツアーの企画・実施に携わった。

 「サントリーの業務の中でゴルフに関わる仕事をしていたことがあったので、三木市に興味がありました。ゴルフツアーの企画はその場での消費につながる手ごたえや、観光への期待の高まりを感じられてやりがいにつながりました」(岡本さん)

 岡本さんは三木市での2年間を「サントリーでの全ての経験が役に立ちました」と振り返る。なかでも、25年間サントリーで培ってきたwin-winの関係を構築する提案型営業は特に生きたようだ。

 慣れ親しんだ職場を離れ新天地に身を置いた2年間の中で、たくさんの気付きや出会いを経たことは、今後の人生の方向性を決めるきっかけになったという。この4月に三木市からの帰任を予定しているが、帰任後の部署などは面談を重ねて決定していく。

 これまでは仕事中心の生活をしてきたという岡本さんだが、「定年後、仕事の時間がなくなった時にどうしていくのかを想像できるようになりました。仕事の時間と仕事以外の時間のバランスをどう取っていくかなど考えを整理したいです」と話した。

 サントリーの地方創生人材制度がユニークな点は、出向終了後の規制がないことだ。勤続年数条件や転職制限などを設けていない。サントリーの「『人』こそが経営の最も重要な基盤」という考えが社内に浸透し、さまざまな経験を積んだ優秀な社員が再度活躍する循環を作れているという自信の表れといえるだろう。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.