オフピーク定期券の始まりは、23年3月18日に発売した「割安なSuica通勤定期券」だ。販売の背景にはアフターコロナの通勤事情がある。コロナ禍で企業は在宅勤務を推奨し、都内のオフィスを畳んだ事業所も出た。通勤は必要であっても、混雑を避けるため「オフピーク通勤」を推奨する企業も出ていた。
通勤そのものがなくなるという事態は、鉄道事業者にとって想定外だ。JRに限らず、大都市の鉄道は膨大な通勤需要に対応するために設備投資を続け、線路や車両を増やしてきた。一方で運賃は通勤定期券として割り引いた。ほぼ毎日乗ってくださるお客さまだから値引きしましょう。これは「商品をたくさん買ってくださるなら値引きしましょう」というボリュームディスカウントと同じ考えだ。
この結果、鉄道事業者は、割安価格で乗る通勤客のために設備投資を続けるという奇妙なスパイラルに陥っていた。まるでディスカウントショップが倉庫を大きくするように。ところが、せっかく設備投資を終えて、これから売り上げで資金を回収しようというときにコロナ禍がやってきて、お客さまがいなくなってしまった。大赤字である。
コロナ禍から完全回復の見通しが立たないため、普通乗車券と通勤定期券の値上げを決定した。普通乗車券の値上げの名目は「バリアフリー設備費用の加算」だ。通勤定期券はバリアフリー加算も含めて約1.4%の値上げとなった。
その代わり、最混雑時間帯を避けるという条件で「オフピーク定期券」を設定した。通勤客が戻ったとしても、混雑を避ける傾向は続くだろう。オフピーク通勤を推奨する企業があるかもしれない。鉄道会社としては、在宅ワークをされるくらいなら通勤してほしい。値引きしてもいいから乗ってほしい。
さらに、JR東日本にはもうひとつの思惑があった。通勤混雑の分散化だ。報道によっては「利用客の平準化」という言葉も使う。つまり、朝の2時間の超混雑を、朝の4時間のゆるい混雑に切り替えたい。だからオフピーク定期券は「朝の2時間の混雑を避けてくれるなら割り引きます」という主旨だ。
23年1月27日に政府は、新型コロナの感染症状を季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げると決めた。順調にコロナ禍が終わるとして、多くの企業が通勤復活の意向を示していた。再び通勤ラッシュがやってくる。しかし、コロナ以前のような通勤対応のための設備投資はできない。電車の混雑を緩和するには、もうお客さまにオフピーク通勤で協力していただくしかない。だからピークを避けた「オフピーク割引」を設定しようと考えた。いわばJR東日本の都合であり、苦肉の策である。
割引定期券を設定するために、定期券システムや改札機のプログラム改修などでお金をかけた。コロナ禍の今後の見通しが立たないなか、JR東日本のフットワークは軽かった。これはなかなかすごいことである。
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