オフピーク定期券「値下げ」の迷走、なぜ売れない? どうしたら売れる?杉山淳一の「週刊鉄道経済」(6/6 ページ)

» 2024年03月23日 08時15分 公開
[杉山淳一ITmedia]
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今後、オフピーク定期券をどうするか

 JR東日本が「オフピーク定期券」をもっと売ろうと思ったら、通勤利用者本人と雇用する会社側の両面に利点をアピールする必要がある。

 通勤利用者本人に対してはポイントサービスなどを拡充して「使いたい」と会社に働きかけてもらう。10月からのJRE POINT特典は「オフピーク定期券購入金額の5%ポイント還元」「モバイルSuicaのオフピーク定期券は2%ポイント追加」「JR東日本のクレジットカード『ビューカード』で購入すると最大4%追加」となっており、すべて適用すると最大11%ポイント還元となる。「オフピーク定期券」そのものが通勤定期券より約15%引きだから、かなりおトクだ。出血大サービスかもしれない。さらに抽選でエキナカショップやホテルのクーポンが当たるという。

 JR東日本は企業向けに「IT企業と連携し、オフピーク定期券に対応した交通費精算システムを販売する」という。新システムの導入なんて簡単にいってくれるなと思うけれども、オフピーク定期券を使う従業員が多ければ、通勤手当削減の範囲内で導入できそうだ。そのためにも約10%から約15%への割り引きが重要ということだ。

オフピーク定期券の企業向けパンフレットより(出典:JR東日本、よく分かるオフピーク定期券

 その上で、あえて以下の3点を提言する。

 1.電車特定区間の定期券はすべてオフピーク定期券に1本化する

 これで企業側は社員にふさわしい定期券を乗車駅だけで判定できる。ピーク時間は基本的に電車特定区間外の通勤客向けとなり、電車特定区間の通勤客は早朝またはピークタイム後に出社してもらう。通勤利用者には早起きや遅い出勤による退勤時刻の遅れなど負担が増えるけれども、JRにとって通勤者の遠近分離ができる。都心のオフィスは高層化が進んでいるので、通勤時間の分散化はエレベーターの混雑の解消に役立つ。

 普通の定期券は廃止されるけれども、普通運賃で利用してもリピートポイントサービスがある。月内で同一運賃区間を10回乗ると1回分のJRE POINTが還元され、Suicaにチャージ可能だ。出勤機会が減るならばこちらの方がトクだ。内勤の従業員にオフピーク乗車券でピーク後に通勤してもらい、外回りの多い従業員にリピートポイントを使ってもらう。

リピートポイントサービスは、「同一区間」ではなく「同一運賃」が10回でポイント獲得となる(出典:JR東日本、普通回数乗車券の発売終了について

 2.企業に通勤手当制度を廃止してもらう

 難しい提案になるけれども、通勤者が自分に最適な定期券サービスを選択できるようにしたい。通勤者に金銭的な負担が増えるけれども、そこは住宅手当、遠距離通勤手当などで補う。そもそも都心は家賃が高く、郊外は安い。均一な手当支給でも距離と家賃に応じた手当になる。

 私はもともと通勤手当制度には反対だ。通勤手当があるから通勤距離が冗長化する。通勤時間なんて無駄な時間だから、なるべく勤務地に近いところに住むべきだ。通勤費を自己負担にすれば、通勤者自身が節約のメリットを受ける。家族を郊外の自然豊かな環境でという考えもあるから、通勤者自身が通勤コストと住宅コストを考慮して決めたらいい。

 3.オフピーク定期券を廃止する

  もともとアフターコロナの通勤事情の変化を考慮して設計された定期券だ。しかし前出の読売新聞の記事によると、「東京商工会議所が21年に会員企業約1万2000社(回答1465社)にオフピーク定期券の導入意向を尋ねたところ『導入しない』が61・6%を占めた」という。残念ながらJR東日本が考えているほどのニーズはないし、鉄道運賃が多少変わったところで企業の習慣を変えるチカラはない。

 割り引く必要のない客を割り引くような商品はどうかと思う。従来の定期券に戻し、通勤ピーク時間に向けた設備投資を続けよう。在宅ワークの普及により通勤客は減るわけで、従来のようなコスト負担は減るだろう。利用状況に合わせた輸送サービスを提供することが、民営とはいえ公共交通機関のあるべき姿ではないか。

 コロナ禍の見通しが不透明な中で、オフピーク定期券で先手を打った。JR東日本のスピーディーな対応能力は分かった。短期間で運賃収受システムや自動改札の表示の仕様なども変更し、そのシステムに関するコストも大きかっただろう。しかし、それに見合う利益が回収できないなら、これ以上ムダなコストをかけて収入機会の損失になるより、手じまいした方がいい。

 ゲームメーカーが1億円かけて新作タイトルを開発したけれど、完成までにあと1億円かかり、完成しても売り上げが見込めない。それでも開発を続けて2億円の赤字にするか、開発を打ち切って1億円の損切りで済ませるか、という経営判断に似ている。

 JR東日本のシステム開発、商品開発のチカラはすごい。それだけにこれ以上「オフピーク定期券」にチカラを割くのはもったいない。そもそも「売れなかったからもう少し割り引きます」という施策は在庫処分の考え方だ。定期券にそぐわない。

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。


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