近年、注目される機会が増えた「人的資本経営」というキーワード。しかし、まだまだ実践フェーズに到達している企業は多くない。そんな中、先進的な取り組みを実施している企業へのインタビューを通して、人的資本経営の本質に迫る。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行う、Works Human Intelligence総研リサーチ、奈良和正氏。
「厳しくとも働きがいのある会社」という人材戦略を掲げ、大手総合商社の中でも単体従業員数は最少という状況下で、労働生産性を着実に向上させてきた伊藤忠商事。
同社の人材戦略や働き方改革に関する取り組みを人事・総務部 企画統轄室長 岩田憲司氏にインタビュー。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行うWorks Human Intelligence総研リサーチの奈良和正氏が務めた。前編では、伊藤忠商事が人事制度変革の“失敗”を経てどのように変わったのか、中編では、伊藤忠商事の働き方改革基本方針やそれを支える人事制度について紹介した。
後編となる今回は、KPIを労働生産性とする伊藤忠商事の覚悟や今後の展望について取り上げる。下がることもある指標を、あえて選ぶのはなぜなのか。労働生産性の向上を推進する中で、同社の人事部門に生まれた行動意識とは。
奈良: これまで働き方改革に関する取り組み、特に朝型勤務制度について詳細をうかがってきましたが、ここからは労働生産性をKPIに置いている点についてお聞かせください。
働き方改革の定量的な目標を「労働生産性」に置かれていますが、労働生産性は明確な指標に掲げることは分かりやすい反面、とても厳しい指標であると考えています。生産性はいつでも向上するというものでもなく、停滞する時期、下降する時期もあると思いますので。
その中でも労働生産性をKPIに定めている理由を教えていただけますか。
岩田: 鋭いご指摘ですね。まず企業はゴーイング・コンサーンなので、永続性が求められますよね。
当社は創業160年の企業ということもあり、業績や株主配当など、市場に対してコミットメントしてきました。約束したことは必ずやってきている企業だと思っています。
言ったらやる。さらに去年よりも今年、今年よりも来年と伸ばしていく工夫ができれば、当然利益も上がるし配当額も上がる。そうすれば結果的に労働生産性も上がるはずだ、というのが前提にあります。
営業部署はもっと厳しい定量評価が下されます。その中で管理部門も一緒のレベルでコミットメントしていく、そういう意識です。
ただリスクは高いんですけどね。チャレンジングな指標だなと。当然利益が減ることも想定できますので。そのため、不退転の決意の表れだと思うことがあります。
奈良: 少し深堀りさせていただきたいのですが、不退転とはいえ労働生産性がKPIとして掲げられていると、一般企業の人事部とは、なにか違った行動意識みたいなものがうまれるのかもしれないと思いまして。その点はいかがでしょうか。
岩田様: こちらも鋭いご質問で(笑)。
労働生産性で目指しているものの一つに、目指す姿勢を「厳しくとも働きがいのある会社とすること」を掲げているというお話をさせていただきましたが(中編)、創意工夫を常に求められています。
管理部門は売上数値などは見られない代わりに、工夫をしていないと、常に「前と同じ人数じゃないか」「去年と同じことやっているじゃないか」と言われます。当然言われる前にさまざまな工夫をしていきます。
例えば入社式でさえ、桜を置くことから始まりさまざまなことをして盛り上げています。
株主総会も同じです。株主へのメッセージも毎年工夫が必要で、どうやったら会社をよく分かっていただけるかや、どうやったらお客さんの満足度が上がるのかを常に考えなければなりません。
行事だけではなく、人事戦略や人事制度についても創意工夫することが重要です。
制度を作ったのはいいけど、ビジネスモデルがちゃんと反映された人事制度、評価制度になっているのだろうか、過去と違い細分化された事業を各従業員が担当している中、研修体系はマッチしているのかなど、従業員の体感値を意識することも必要です。
当社の場合は、相対的に人数が少なく、一人一人の責任範囲が重く、制約条件がある中で創意工夫を重ねていかなければならないので、そこを意識しています。
正直苦しい部分やプレッシャーもありますが、やりがいはありますよね。人事も毎年チャレンジなんです。
奈良: すごいですね。確かに労働生産性を掲げて、高いプレッシャーに置かれていると自ずと工夫をしますよね。やはり生産性を掲げることによる人事部としての働き方への好影響もあるとよく分かりました。
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