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サイバーの“お化け事業” スマホ競輪「WINTICKET」の強さに迫る4年でシェア1位

» 2024年03月29日 08時00分 公開
[もやしtheLetter]
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 スタートアップ関係者で知らない人間はいないサイバーエージェント。同社のメディア事業と聞いて思い浮かべるのはABEMA TVではないでしょうか。年間100億円規模の投資を行いWAU(Weekly Active User)は2000万を超え、ワールドカップの無料放映が話題を呼びました。

 そんな関連事業も含めたABEMA事業はサイバーのメディア事業408億円の大半を占め、会社の看板事業といっても過言ではありません。しかし、ABEMA関連事業のグラフをよくみると格闘技のPPVや月額課金、広告をはるかに上回る周辺事業と、雑にくくられたセグメントが圧倒的なシェアを占めることに目が行きます。この中にひっそりと隠れているサイバーのお化け事業が、スマホ競輪の「WINTICKET」です。

サイバーエージェント2024年1Q決算説明資料より
サイバーエージェント23年4Q決算説明資料より

サイバーの"隠された"至宝 瞬く間に市場シェア40%

 WINTICKETはメディア事業の中のABEMA周辺事業と位置付けられる事業で、四半期の取扱高(ECでいうGMV)は990億円、しかもこの規模でYoY+30%と、とんでもないスピードで成長しています。

サイバーエージェント23年4Q決算説明資料より

 サイバーの中の人ではないので、利益率やARPUなどの詳細はうかがい知ることはできませんが、決算公告を漁(あさ)ってみたところ、何と23年時点で年間40億円もの純利益を稼いでいることが分かりました。メディア事業はいまだに赤字ですが、WINTICKETが事業全体を支えていることは間違いないでしょう。

官報決算データベースより
サイバーエージェント23年4Q決算説明資料より

 事業の開始自体は19年4月と比較的直近で、サービス開始時点ではチャリロト(MIXI社が買収)や楽天Kドリームスなどの競合が市場に多数存在する状況でした。にもかかわらずサービス開始初年度から取扱高261億円、4年で全ての競合を抜き去り市場シェア42%を抑えています(23年6月時点)。何が優位性になり、このような事業成長を実現できたのでしょうか。

サイバーエージェント23年3Q決算説明資料より

ABEMAを核にしたビジネスモデルの強さ

 結論から言うとABEMA TVというメディアを使い、他の競輪サービスにはそもそもリーチすることのない潜在層にアクセスしてパイを広げられたこと。これが大きな要因でないかと考えます。

 そもそも競輪事業の市場規模は、絶頂期には2兆円程度のマーケットだったところから減少を続け、令和4年(22年度)には1.09兆円となっています。ネット販売市場コロナの追い風もありYoY+17.1%と、市場成長をけん引する形で成長しており、サイバーのWINTICKETは、この追い風が吹くネット販売市場を主戦場としています。

経済産業省 競輪・オートレース業界の現状と課題より

 過去に公益社団法人 JKAが実施したアンケート調査によると、競輪場来場者の実に86.8%が男性で、74.9%が50代以上となっています。ネット販売が競輪市場の78.3%を占めることを考慮すると、ネット販売市場の属性も来場者の属性に近い中高年齢層が大半を占めるマーケットだと考えられます。

 一方でサイバーのオウンドメディアによると、WINTICKETの利用者は20〜30代が80%程度と述べられており、マーケットの大半や他のサービスとは明らかにユーザー層が異なっています。

埼玉県競輪事業検討委員会 県営競輪事業の現状と課題より
CyberAgent Way スポーツ×テックで新しい勝ちの提供を目指すより

 サイバーはワールドカップや若年齢層向けの恋愛コンテンツも拡充する一方で、麻雀や釣りなどの、ニッチではあるものの、一部のコアなファンがいるロングテールな番組を持っています。

 競輪もその一つで、番組と連動して投票できることが目玉機能の一つとしても挙げられており、番組内にテロップを出し、芸能人のゲストが番組内で予想したりと送客コンテンツとしても機能しています。

 恐らくサイバーは、マス向けのコンテンツで獲得した大量のユーザーのうち、競輪(+現在はボートレースも拡充)に興味を持つ可能性が高いユーザーに対して番組をレコメンド→WINTICKETへ送客することによって、他社がそもそもアクセスできない競輪潜在層にアクセスし、市場のパイを広げつつ自社サービスをグロースさせる戦略をとっているのではないでしょうか?

 また、ゲストや企画が豪華なABEMAのコンテンツで、他社ユーザーのナーチャリングが進み、スイッチングが起こっていることも十分考えられます。市場のパイを広げつつ、競輪番組を見るほど感心やARPUが高いであろうユーザーの獲得機能も果たせる、ABEMAの競輪コンテンツが、サービスの優位性の源泉になっていると考えられます。

サイバーエージェント 公営競技のインターネット投票サービス「WINTICKET」がオートレースのサービスを提供開始より
ABEMA TIMESより

ABEMA事業のビジネスモデルの優位性

 もう少しスコープを広げると、ABEMAはそれ自体でも広告や月額課金でマネタイズをしています。そのため、まだそこに至ってはいないものの番組視聴単体でもマネタイズできる可能性があり、かつユーザーが喜んで視聴する高クオリティー・高効率な広告としても機能しています。

 WINTICKETは広告や月額課金をベースにしつつ周辺サービスへの送客で稼ぐ、ABEMAのモデルケースとなったわけですが、アイドルオーディション番組への投げ銭や、アニメグッズのショッピングなどさまざまなマネタイズポイントが考えられます。

CyberAgent Way 2021(統合報告書)より

 さらに、解禁が検討されつつあるというスポーツベッティングは非常に大きな機会であり、米国ではすでに10兆円、国内でも解禁されれば7兆円と予測される巨大市場です。

 WINTICKETで成功例を作り、ワールドカップを経てスポーツメディアとしてのポジションを確立しつつあるサイバーは、その事業機会のマーケットリーダーを狙える絶好のポジションです。

 ベッティングが実現した暁には、インターネット広告やゲームと並ぶ第三の柱になることは必至であり、大きな投資を要したワールドカップ無料化は、ベッティング解禁による事業機会も見据えての意思決定だったとも考えられます。そんな足元も高成長なキャッシュカウ化している競輪事業と、大きな事業機会が存在する同社のスポーツ事業が楽しみでなりません。

本記事はtheLetterでのもやしさんの執筆記事「最後発でシェア40%・純利益40億円。サイバーの最強競輪サービス『WINTICKET』」(2024年3月7日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

著者プロフィール

もやし

コンサルファームを経てスタートアップでのマーケティング職。EC、SaaS、Fintechを中心に企業のビジネスモデル・成長戦略を分析する産業探訪期を運営。Xアカウント


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