当然だ。先ほど紹介した戦前のケースからも分かるように、日本は仕事がない労働者や営業力のない零細事業者に、仕事をあっせんする「労働親方」的な人々が当たり前のようにいた社会だ。彼らの多くは、困った人や貧しい人を支える「面倒見のいい人」として地域で尊敬を集めることも多かった。
個人の自由や尊厳を重要視する欧米人からすれば、多重請負構造は「弱い人たちを搾取する恥ずべきシステム」だが、「和を以て尊しとなす」という日本人からすれば「弱い人たちを支える誇るべきシステム」だ。もっと言えば、日本のビジネスモデルは多かれ少なかれ「中間搾取」を前提に制度設計されている。
このように欧米と日本の「仕事」に関する考え方のギャップが最も出ているのが「最低賃金の引き上げ」だ。本連載でも繰り返し述べているように、日本を除く先進国や東南アジアでは、国や自治体が物価上昇に合わせて最低賃金を引き上げていくのが「常識」だ。
しかし、日本では「最低賃金の引き上げ」と聞くだけで、脊髄反射で「弱者切り捨てだ!」「失業者が街に溢(あふ)れかえって不況になるぞ」とノストラダムスの大予言ばりのパニックになる人が多い。
時給1200円などになると、低賃金労働者を「雇ってあげている」という中小企業が経営難に陥って倒産してしまう。労働者は「クビにならないだけマシなんだから、時給1000円でも文句を言わずに感謝して働くべきだ」というのだ。
こういう考えをしている国は世界でも珍しい。海外の友人にこの話をすると、ほとんどは首を傾げて「小さな会社の経営者の生活を守るために労働者が我慢しているの? それって搾取されているんじゃないの?」と言う。そこで、「搾取どころか、中小企業経営者は地域の雇用を支える立派な人たちだと尊敬されている。だから、政府も彼らを保護するため、最低賃金の引き上げもちょびちょびしかできないんだよ」と説明すると、さらに目を丸くする。
「労働親方」を痛烈に批判したGHQ民政局のアルフレッド・R・ハッシーは日本について「個人がまったく埋没した国」「個人の権利の主張が認められずただ完全な忠誠のみを負わされている制度の賛美を根本思想とする国」と分析している。
産業や企業が成長するにはある程度、「個人」が不利益を我慢しなくてはいけないのがこの国だ。搾取される側、低賃金で働く側になった人がなかなかそこから抜け出せないのは、こういう日本の伝統的な労働文化の影響も大きいのである。
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。窪田順生のYouTube『地下メンタリーチャンネル』
近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受
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