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レノボ、「F1への技術提供」の舞台裏 「5000億円の収益」を支えるITインフラとは?

» 2024年04月19日 08時00分 公開
[武田信晃ITmedia]

 自動車レースの最高峰「F1(フォーミュラワン)」。テレビやインターネット、サーキットでの観戦者は、2022年で累計15億人を超える巨大コンテンツだ。

 フォーミュラワン・グループの23年の収益は日本円換算で5000億円に迫り、1レースあたりのデータ転送量は500TBに上る。ビジネス的な大きさに加え、高度なテクノロジーやエンジニアリングを必要とする競技であり、レースカーや関連するシステムの開発に革新的なアプローチが求められる。

 このF1のITインフラを支え、培ってきた技術と経験を提供しているのがLenovo(レノボ)だ。22年からF1の公式パートナーとなっている。

 レノボはF1でどんな活動をしているのか。世界最高峰のレースをいかにして支援しているのか。レノボ・ジャパンの檜山太郎社長と、F1の担当者に取材した。

2023年カナダグランプリ(Mario Renzi - F1)

投資先、マーケティングツールとして魅力的なF1

 フォーミュラワン・グループの23年通期の総収益は32億2200万ドル(4月19日現在、約4983億円)で、22年の25億7300万ドル(約3979億円)と比べて25%近く増加した。22年も21年比で20%増だったことを考えると、成長が著しい。営業利益も22年の2億3900万ドル(369億円)から23年は3億9200万ドル(約606億円)と64%増で、大幅な増収増益だ。参戦した全10チームに向けた分配金は12億1500万ドル(約1874億円)に上る。

 F1は欧州発祥ということもあり、もともと欧州に多くのファンがいた。一方で独自の自動車文化を形成する米国での人気はそこまで高いものではなかったともいえる。それが近年、米Netflix(ネットフリックス)によるF1のドキュメンタリー『Formula 1:栄光のグランプリ』の影響によってF1ブームが到来。世界最大の市場での人気の高まりはF1の収益向上にも貢献している。

 日本ではバブル期にF1ブームが起こった。それが今や無料地上波放送がなくなり、「フジテレビNEXT ライブ・プレミアム」とDAZNによる有料放送のみに。それでも4月に鈴鹿で開催された日本GPでは、3日間で約23万人を動員した。単純計算で1日あたりの来場者は7万人強となる。鈴鹿サーキットの収容人数が他のスポーツのスタジアムより大きいという面を考慮しても、これほどの観客を集められるスポーツコンテンツはあまりない。

 F1に投資する理由をレノボ・ジャパンの檜山太郎社長に聞くと「F1は180カ国・地域で視聴でき、レノボがビジネスを展開している地域と重なるからです」と話す。もちろん、日本はレノボにとって注力するべき重要な市場だ。

 サッカー「2022 FIFAワールドカップ」の収益は170億ドル(2兆6289億円)だった。F1以上の規模を誇るものの、ワールドカップは4年に1度しかない。一方F1は毎年開催されている。コンスタントにビジネスを展開する意味で、企業にとって最も魅力的なコンテンツはF1だと言えるだろう。

レノボ・ジャパンの檜山太郎社長

多彩なハードを提供 サーキットでITサポート

 24年のF1は9カ月の間に、欧州、中東、東南アジア、東アジア、南北アメリカで全24戦を開催する。レノボはF1にハードなどを提供していて、動作環境は砂漠から高地、高温多湿など過酷だ。かつ長距離輸送も伴う。ハードでは技術力や信頼性が何より大切だ。

 「22年から複数年契約のスポンサーをしています。F1はスポーツですが、技術を重視している競技でもあります。最先端の技術をどう使いこなすかはIT業界とも通じます。当社はF1に携帯電話、タブレット、PC、サーバ、ネットワーク、エッジなど使われるモノを幅広く提供していますが、レノボの強みを生かせると感じています」(檜山社長)

 レノボがF1に提供している技術の一覧表をみると、ノート型PCで有名な「ThinkPad」を含め多様な製品がずらりと並ぶ。これに加え、将来的な技術的方向性を話し合うなど、長期的な視野に立ってF1との関係を深めている。

 実は、約半年前の23年9月にも23年シーズン第17戦として日本GPが開催された。24年のF1はスケジュールの最適化を図ったため、第4戦に組み込まれた。この半年間でもサーバやノート型PCを入れ替えるなど、継続的にサポートをしている。

 特にハードのサイズは世界中を巡ることを想定し、コロナ前に比べてかなり小型化し、サーキットに運ぶ機器も少なくした。運搬に使うコンテナやトラックも少なくした上に、移動しなければならないスタッフの人数も減らした。これは環境負荷を考えると大きなメリットとなる。

 レノボの商品がもしサーキットで壊れた場合も、レノボ側が修理をする。F1の担当者は「レノボのITサポートがサーキットに作られていて、すぐ対応してくれます。ラップトップに関して言えば、スペアを10台ほど用意しているので、修理が無理なときは交換しています」と話す。

英ロンドン・ビギンヒルにある「メディア&テクノロジーセンター(M&TC)」(Jacob Niblett-Shutterstock Studios)

F1の各種映像に貢献

 レノボの技術は、放送や配信に必要不可欠だ。F1の全てのメディア事業は、英ロンドン南部のビギンヒルにある「メディア&テクノロジーセンター(M&TC)」が管理する。F1の映像やデータ処理については、M&TC内にある「リモートテクニカルセンター」(RTC)とサーキットの現場に設置された「イベントテクニカルセンター」(ETC)の2カ所が担う。

 M&TCにはメディアエンジニアリング、テレメトリーなどといった部署があり、ETCと連携してさまざまな業務をするのだ。レノボのハードウエアを活用してETC側で現場の映像や音声などを編集する。それをM&TCに送ってさらなる編集を施し、完成したものを国際映像としてテレビ局やインターネット配信事業者、F1本体などに提供するという。

 車載カメラの映像が中継に映し出されるが、その時に、車速、ギア、アクセルとブレーキ開度などの情報を知ることができるのは、M&TC内にあるレーシングシステムエリアに従事する技術者によって処理され、グラフィックチームに転送されているからだ。

 気になるのはタイムラグだ。英国と日本は距離がある上、ただでさえ高速走行をするF1は展開が速いので時間差の発生はできるだけ抑えたい。F1の担当者によると「レノボの技術でほぼリアルタイムに発信できています。タイムラグは、鈴鹿と英国の往復で260ミリ秒(=0.26秒)なので、ほとんど時間差がなく送れていると考えています」という。

 日本GPの場合は、鈴鹿からまずシンガポールに送られ、その後マルセイユに到達。それから1つはM&TCに直接行くのと、さらにフランクフルトを経由するルートを作った。このスピードは、レノボと同じF1の公式パートナーであるタタ・コミュニケーションズの技術も貢献しているそうだ。例えばテレビのニュース番組を見ているときに、外国の取材現場とスタジオのアナウンサーが中継のやりとりをする中で、タイムラグを感じることがよくある。そう考えるとF1でのタイムラグの短さは驚異的だ。

 F1の中継では、車載カメラの映像以外でも、コーナーを曲がるマシンの様子がスローモーションで放送される。そのために2台のスーパースローモーションカメラを準備しているほか、3台のピットウオールカメラ、無人のリモートカメラなどを駆使してさまざまな角度から映像が見られるように工夫しているのだ。映像を確実にETCに送るため38基のアンテナをサーキットごとに設置。F1の音を感じてもらうため147個ものマイクを設置している。

 1レースあたりのデータ転送量は500TBに上る。市販のBlu-rayレコーダーの容量は1TB〜3TBであり、普通に使えば容量がいっぱいになるまで数年はかかることを考えると、F1のデータ量がどれだけ膨大なのかが分かる。全てのデータはレノボのサーバに入り、そこから、さまざまな用途に使われている。

 F1の映像は無線とケーブルの両方を利用するが、世界中の異なるサーキット環境でもETCは安定してデータを受信できるという。

 「(カメラマンが使う)カメラはケーブルでつながっていることが多く、サーキット中にケーブルが張り巡らされていますが、火曜日と水曜日でセットアップをして、画面のモニターのチームが機能するかチェックし、問題があれば修正します」(F1の担当者)

 F1の担当者は「信頼性、モビリティ性、セキュリティなどについて最新のものを常に求めています。私たちの要求は高いと思いますが、レノボはそれにうまく対応してもらっています」と仕事ぶりに満足していた。生成AIについては「新しい技術はすぐ取り入れるのではなく、より良い方形を模索してから導入します」と話す。

 F1はよく「走る実験室」と呼ばれていた。IT業界にとっても同じ存在と言えそうだ。AIを含めた最先端の技術がこれからも組み込まれ、F1のファンをより楽しませてくれそうだ。

「イベントテクニカルセンター」(ETC)の様子(Steve Domenjoz - F1)

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