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韓国の最強ユニコーン「タングン」 ジモティーに評価額で“50倍の差”をつけた理由

» 2024年04月25日 08時00分 公開
[もやしITmedia]

 ジモティーというサービスをご存じでしょうか。地域住民間で中古品取引が行える無料版メルカリのようなサービスで、4月6日現在の時価総額は約70億円となっています。一方、韓国で同様の事業を展開する「Danggeun(タングン)」の評価額は3兆ウォン(約3300億円)となっており、評価額ベースでは約50倍の差があります。文化や経済水準も近い日本と韓国の同業でなぜ、これほどまでの評価額の差がつくのでしょうか?

 今回は韓国のジモティー「タングン」とジモティーの評価額の差を生んだ要因、タングンが後発から競合のシェアを奪い黒字化するまでの過程を振り返っていきます。

韓国「Danggeun(タングン)」

ソフトバンクやDSTから調達する韓国の最強ユニコーン

 上述の通りタングンは地域密着型の中古品取引プラットフォームを運営する企業で、 NAVERやKakaoといった韓国のトップIT企業出身のキム・ヨンヒョン氏とキム・ジェヒョン氏によって創業されています。設立は2015年となっており、2011年設立のジモティーや韓国の競合企業よりも後発になります。タングンは当初、中古品の取引プラットフォームからスタートするも、バイト探しや不動産、地域住民同士のコミュニティーまでサービス範囲を拡大しています。

 2023年の売上高は前年比+156%の1276億ウォン(約143億円)、営業利益は173億ウォン(約19億円)となり、創業来初めて黒字化。2020年時点での売り上げは118億ウォン(約13億円)のため、3年間で10倍以上という驚異的な成長を遂げていることが分かります。そしてCtoCサービスの重要指標である月間アクティブユーザー数(MAU)は1900万人となっており、韓国の人口5100万人の4割弱が毎月利用している国民的サービスとなっています。

同社リリース『당근, 창사 8년 만 첫 연간 흑자 달성』より

 この脅威的な成長スピードと韓国への浸透率・海外への拡張性が評価され、グローバルのトップ投資家も同社に強烈なラブコールを送っています。MAUが700万人に達した2020年には韓国のカカオベンチャーズや、日本のソフトバンクベンチャーズなどから3300万ドルを調達。翌2021年にはDSTやAspexから27億ドルの評価額で1.6億ドルを調達し、韓国でも最大級のユニコーンとなりました。

同社会社紹介より

 同様の事業を展開する日本のジモティーとタングンを比較すると、売り上げが8.4倍、評価額では47倍の差がついています。そして注目するべきはMAUとARPU(Average Revenue Per User、ユーザー平均単価)です。MAUの規模はそれほど変わらないにもかかわらず、ARPUに5.3倍の差がついており、人口あたりの利用率も3.7倍弱の差がついています。なぜビジネスモデルやマザーマーケットの経済水準が近い両社で、このような差が生まれるのでしょうか?

 ちなみに収益性ではジモティーが大きく先行しており、ROEも40%超えと非常に素晴らしいビジネスを作り上げています。両社は目指す姿が異なり、テックセクターではタングンの方が投資家に評価されやすかったということであり、ジモティーをおとしめる意図はないことを補足しておきます(自分自身も利用したことがあり素晴らしいサービスだと思います)。

両者HP・IR資料より作成(*MAUの定義が異なる可能性があることに注意)

ジモティーとタングンの3つの違い

 タングンとジモティーの評価額が大きく乖離した要因として(1)代替サービスと文化的要因によるユーザー浸透率の違い、(2)ユーザー層の偏りによるARPUの違い、(3)海外への拡張性、の3つが大きいのではないかと考えます。

(1)代替サービスと文化的要因によるユーザー浸透率の違い

 上述の通りタングンとジモティーには大きな浸透率の差があります。これは主に非対面で中古品を売却できるサービスが日本では既に浸透し対面取引のニーズがなかったこと、日本人の文化的に対面の取引にある程度の心理的ハードルがあったことが要因ではないかと考えます。

 前者についてはこんなニュースレターを読むニッチな方は既にご存じの通り、かつてはヤフオク、現在はメルカリが中古品売却領域では高いシェアを持っています。この市場は売り手と買い手の数が多いほど利便性が上がる、先行者優位のWinners takes allの市場です。メルカリとフリルが大規模な資金調達を行い既にシェアを確保しており、ジモティーの巻き返しがマス市場を奪還するのが困難だったものと思われます。

 2点目の心理的ハードルについては知人女性にヒアリングをした際のコメントが印象的でした。相手が年上の男性だったら怖い、家の場所が特定され得るのが怖い、ジモティーに悪いイメージがある、というものでした。

 この2点から考察するに、既にマス層の売るニーズはメルカリなどで充足していた、対面取引の心理的ハードルが高い、という2点で浸透率が韓国のタングンほど伸びなかったと考えられます(韓国に加え米国でも対面取引系のジモティーモデルのシェアが高く、国ごとに最適なモデルが異なると考えられます)。

(2)ユーザー層の偏りによるARPUの違い

 続いてARPUの違いですが、これはユーザー層の違いに起因するものと考えられ、この点については自分自身のN=1の体験も元に考察していきます。現在は私は一人暮らしを行っていますが、その引越しの際にあまりにお金がなかったので、冷蔵庫をジモティーで入手しました。レンタカーを借りて、売り手の方のご自宅に引き取りに伺ったのですが、その方は逆に同棲を機に買い換えられるということで、費用をかけずに処分したいという動機で利用されていました。

 私の知人もおおむね同様のユースケースで利用しており、買い手はとにかく安く家具・家電を入手したい、売り手は費用をかけずに不用品を処分したいというユースケースで利用されていると考えられます。そのため、買い手はメルカリよりも、さらに安く物品を入手したいというニーズを持つ、価格感度が高く相対的に所得が低い層がメインになっていると考えられます。

 以下はジモティーの2023年通期資料と、同社が2018年に実施したアンケート結果です。ジモティーのユーザー層は40代以上で全体の70%、かつ子どもあり世帯の比率が高くなっています。また、全国のひとり親世帯142万の内46%に及ぶ65万世帯がジモティーを利用していることが分かっています。地域の助け合いサービス的な位置付けで機能しているのかなと思われ、人口の37%とマス層に浸透しているタングンと比べて、ユーザーの所得層に偏りがあると考えられます。

ジモティー「2023年12月期通期決算説明資料」より
ジモティー「ひとり親家庭の約半数(65万世帯)が利用している、『ジモティー』で行った支援結果」

 そしてこういったジモティーやタングンのような手数料無料のクラシファイド系のサービスは、広告によってマネタイズが行われます。toC向けの広告主の視点で考えると、ある程度高い費用を払っても所得や購買力が高い層へ広告を出すことは経済合理性が成立しやすく、逆もまた然りです。そのため、マネタイズを広告で行うサービスは、ユーザーの所得・購買力にARPUが左右されやすく、マス層に浸透しているタングンの方がARPUが高くなっていると思われます。

 タングンのマネタイズポイントについては後述しますが、高い浸透率を生かし中古取引だけでなく、アルバイト、不動産、中古車取引にまでサービスを広げ、広告面として非常に魅力的なメディアになっています。

(3)海外への拡張性

 3点目が海外への拡張性の違いです。タングンは2015年に創業し韓国でシェアを伸ばすと、2019年に英国、翌年には米国、2022年には日本とカナダに相次いで海外展開を進めています。

 特に2022年に進出したカナダでの成果が目立っており、トロント、バンクーバー、カラディーなど大都市中心に進出しており、MAUが毎月平均で15%ずつ成長。カナダの中古取引サービスにおけるユーザー数で、米国でも高いシェアを持つFacebook Marketplace、カナダの地場系のKjijiに次ぐ3位となっており大健闘しています。

 そして、実は日本でも、2024年2月は前年同月比でユーザー数が3.5倍になっており急成長しています。当初は東京の一部地域でのみでPoCを実施していたものの、東京全域と横浜と川崎などの都市部の人口密集地域にそのサービスを広げています。

 ここまでジモティーとタングンの比較をしてきました。ここからはよりタングンに焦点を当てて同社の事業を掘り下げていきます。

後発で韓国市場を制圧できた理由

 まずは競合との競争についてです。タングンの事業が立ち上がった当初、NAVERの膨大なトラフィックからの送客で市場の大部分をおさえる、総合フリマの「中古国」、ファッション系に特化した「雷の場」という先行サービスが存在していました。前者がヤフオク、後者がファッション領域に特化したメルカリのようなサービスです。これらの強力な2社が市場のほとんどをおさえており、当時の韓国フリマ市場は入り込むのが非常に難しい状態でした。

 これらの2社に対しタングンがユニークだった点が、取引を6キロ以内のユーザー同士に限定し、なおかつ物品の引き渡しを対面に限定したことです。一見EC時代に逆行するようなユーザーの利便性を引き下げるモデルに見えますが、当時韓国のフリマ市場には不正が連発するという大きな問題がありました。日本のメルカリなどでは考えられないことですが、電子レンジを買うと大量のブロックが箱詰めにされて送られてきたり、プラットフォームの信頼性が非常に低い状態でした。

 タングンは近隣の住民のみ、受け渡しを対面に限定し「マナー温度」という評価システムを導入することで、信頼性という点で差別化を行いました。それに加えて、2社と異なり取引手数料を無料にするという圧倒的な金銭メリットや、市場シェア1位の中古国が適応できていなかったモバイルへの最適化により、急速にユーザー数を伸ばします。

 さらに、これらのトラクションを引っ提げて、グローバルの投資家から大規模な資金調達を行い顧客獲得に投資を行い、リバーシの盤面のように瞬く間に韓国市場を制圧。現在はユーザー数で圧倒的No.1のサービスとなっています。

韓国最強ユニコーンの疑問視された収益性

 地域とモバイルに特化することで競合を打ち負かしたタングンですが、そんな同社にも課題がありました。ユーザーは驚異的なスピードで拡大していたものの、サービスの拡張と合わせて人員が増え続け、市場シェアをおさえるためのマーケ投資などで赤字が膨らみ、赤字幅が年々拡大していました。手数料無料を武器に市場シェアを伸ばしていた経緯もあり手数料を導入することができず、競合と異なるマネタイズモデルを探索する必要がありました。toCサービスであれば各社ぶつかるこの課題を、タングンがどのように突破したのか最後に振り返っていきます。

 同社は22年、代表取締役にカカオ出身のファン・ドヨン氏を昇格させ同時に同氏が韓国市場を統括する体制になり、マネタイズに本腰を入れ始めます。同社が黒字化に向け、実施した施策について見ていきましょう。

ドメインの拡張とリブランディング

 もともとは中古品取引からスタートした同社ですが、それだけにとどまらず地域住民間のコミュニティーサービス、アルバイト、不動産、中古車取引などバーティカルな領域にもサービスを拡張。そしてリリース当初からのサービス名「タングンマーケット」から”マーケット”を外し、地域情報相互サービスの「タングン」としてリブランディングを行います。すると興味深いことに、2022年→2023年で同社のMAUは1.6%減少するも、ユーザーの日別のアクティブ率や一人当たりの滞在時間といった指標はユーザーの回遊が多くなったことにより増加。ユーザーの年間総使用時間は12.7%増加し広告面としての価値が大きく増すことになります。

半径指定機能の追加によるブレークスルー

 続いて同社が着手したのが、広告機能のテコ入れです。2022年8月の個別に提供されていた広告関連機能の統合、大型広告主向けのブランドプロファイルや専門家モードといった機能の投入、 NAVERと組んだ検索広告の開始など、さまざまなアップデートが行われましたが、特に大きかったのが半径指定機能の導入であったと考えられます。

 一般にNAVERのような検索エンジンやFacebookのようなSNSなどの大通りの広告媒体は、地域ターゲティング精度が低く数キロメートル単位の指定ができません。そのため、商圏が狭いローカルの飲食店などは広告媒体として利用しづらいという課題がありましたが、半径指定機能の導入はそれを解決するものでした。広告主は店の住所を基準に半径最小300メートルから最大1.5キロまで広告露出範囲を直接設定することが可能になりました。これにより。地元の食堂や美容室、ジムなどがオフラインのポスティングなどに投じていた費用の取り込みに成功します。

 これら2点の広告機能の高度化などが寄与し、2023年の広告売り上げは前年比2.5倍以上成長。直近3年間の広告売上高の年平均成長率は+122%と脅威的な成長を遂げることになり、同社は無事黒字化を果たします。

今後の成長レバー

 今後の同社の成長戦略の方向性としては、不動産や中古車取引などのバーティカル領域の進出によるマネタイズの多様化・ARPU向上、日本やカナダなどの高成長地域を中心とした海外進出によるMAU増が考えられます。日本でも32億ウォンの赤字を出しつつ攻勢をかけており、盤石なジモティーをひっくり返せるのか注目です。中古品取引市場は一見単純に見えつつ各国でハマるモデルが異なる非常に面白い市場だなと感じています。

 別の記事では米国の中古品取引市場とメルカリのUS事業についても分析しているため、ぜひご覧ください。今後もこの領域については追っていければと思います。

本記事はtheLetterでのもやしさんの執筆記事「韓国『タングン』がジモティーに50倍の差をつけてユニコーンになれた理由」(2024年4月7日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

著者プロフィール

もやし

コンサルファームを経てスタートアップでのマーケティング職。EC、SaaS、Fintechを中心に企業のビジネスモデル・成長戦略を分析する産業探訪期を運営。Xアカウント


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