CxO Insights

本田真凜を宣伝大使に起用した狙い 創業116年「貝印」のブランド戦略

» 2024年05月22日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 貝印が新ブランド「miness(マイネス)」のビューティーケア製品として、女性向けのむだ毛処理用のカミソリを販売している。5つの多品種を展開しているのが特徴で、ボディ、うで・あし、背中、デリケートゾーン、わきといった5つの部位別に特化した形状の商品を用意した。ブランドアンバサダーには、フィギュアスケーターの本田真凜さんを起用している。

 「miness ボディ用カミソリ」「miness うで・あし用カミソリ」「miness 背中用カミソリ」「miness VIOデリケートゾーン用カミソリ」「miness わき用カミソリ」の5製品で価格帯は990円から1980円まで。

 「ボディ用カミソリ」は一般的なT字型タイプの、女性向けの安全カミソリの形状をしている。「うで・あし用カミソリ」は半卵形のような独特な形状をしていて、あまり見慣れない。「背中用カミソリ」も、T字型カミソリの形をベースにしながらも、持ち手の部分が細長い独特な形をしている。

 マイネス製品の多くは既存製品をそのまま流用したものではなく、独自に商品開発をした。なぜ、ここまでの多品種展開をしようとしたのか。貝印の遠藤浩彰社長がこう説明する。

記者発表に登壇した貝印社長の遠藤浩彰兼COO(左)、minessのブランドアンバサダーを務めるプロフィギュアスケーター 本田真凜さん、自由が丘ファミリー皮ふ科の玉城有紀医師(撮影:河嶌太郎)

貝印に根付く「野鍛冶の精神」

 「貝印には『野鍛冶の精神』という創業理念があります。これは貝印の創業地である、岐阜県関市の鍛冶職人が、使い手の用途や癖までを理解し、オーダーメイドで作っていたことに由来する精神で、この考え方をわれわれはリスペクトしています。5製品での展開は社内でも議論が分かれましたが、この創業理念を重視することで5製品による展開を決めました」

 貝印が美容製品にここまで注力する背景には、2022年3月に13年ぶりに立ち上げた男性向けビューティーケア製品の新ブランド「AUGER」(オーガー)も影響している。この製品は現在15商品にわたって展開。ひげ剃り用の男性向けT字カミソリが1種。爪切りが3種。爪磨き用のネイルファイル。美容用ハサミが2種。毛抜き、ヘアターバン。眉毛用のカミソリと、毛を起こすコーム。化粧用のブラシ、カチューシャ、ヘアデザインコーム、そしてフェイスタオルと多岐にわたる。

 刃物製品だけでなく、タオルやカチューシャなど、日用品まで提供しているのも貝印という企業のスケールを生かした展開とも言える。

 こうした積極的な展開をしている影響もあり、貝印の売上高は好調だ。コロナ禍でも売り上げは伸び続けており、2019年の連結売上は約439億円に対し、2020年は約442億円、2021年は約450億円、そしてAUGERを投入した2022年は約503億円と、一気に伸ばしている。この背景には、ビューティーケア製品の好調だけでなく、メスなどの医療用刃物の展開が好調なこともあるという。

 2022年の連結売上構成を製品カテゴリ別で見ても、全体の約503億円の売上高のうち、カミソリ・美粧用品が30%、包丁、爪切りなどの家庭用品が34%、その他が36%の内訳となっている。

20歳過ぎの芸能人を起用 貝印が抱える「ある課題」

 ブランドを単に立ち上げるだけでなく、芸能人やインフルエンサーを積極的に活用し、ブランドを前面に押し出す戦略も打ち出している。例えばAUGERでは、ブランドアンバサダーに、俳優の板垣李光人さんを起用した。

 さらに、スペインにある世界的なサッカービッグラブチーム「レアル・マドリード」のユースクラブで活躍する中井卓大選手もブランドアンバサダーに起用している。

 minessでは、プロフィギュアスケーターとして活躍する本田真凜さんをブランドアンバサダーに起用した。

 共通するのは20歳過ぎの若者を活用しているという点だ。なぜ若者を活用した広報宣伝をしているのか。ここには、貝印が抱える「ある課題」があるという。遠藤社長が明かす。

 「貝印ではカミソリをはじめとする刃物製品だけでなく、美容用品からキッチン用品など、顧客の生活を支えるさまざまな製品を展開しています。ところが、その多くは貝印の製品だから愛用されているのではなく、たまたま使っている商品が貝印製だったというものです。知らず知らずのうちに、貝印の商品を使われている顧客が多いのです」

 実際に本田真凜さんも知らず知らずのうちに同社の商品を使っていたことを明かす。

 「フィギュアスケーターとして、幼いころから肌のケアについてはとても気を付けていました。その中でさまざまな製品を使っていたのですが、ヘアゴムからカミソリまで、今思うと貝印さんの製品を多く使っていたんですね。バレンタインの時も、お菓子の型などのキッチン用品を買いに行ったら貝印さんの製品が実に多いことに気が付きました。今回、私がブランドアンバサダーを務めさせていただいたことで、貝印のブランドマークを以前より意識するようになったのですが、こうしたさまざまな発見と驚きがありました」

minessブランドアンバサダーの本田真凜さん

 知らないうちに日用品に多く使われていること。これは裏を返せば、貝印がブランドとして高い認知をされていない課題を抱えているということだ。そこで打ち出したのがAUGERやminessといったブランド戦略というわけだ。

 「ご年配など、貝印というブランドを意識された上で長年にわたりご愛用いただいている顧客もいます。一方で、若者を中心とする方々には、そういう認知がまだ行き届いていない面もあると思います。そこで、どうすれば次の世代の方々に新たなアプローチをしていけるのかを考えAUGERやminessといった新ブランドを立ち上げました」(遠藤社長)

 ひげ剃りや美容製品などは10代のうちから利用をし始める。特に女性は男性より早い傾向があるかもしれない。貝印が全国13〜25歳の女性400人に実施したアンケートによると、体毛が気になり始めた時期は中学生が最も多く、次いで小学校高学年だという。

 この年代だと、自分が使っている道具がどこの製品なのかは意識しないことも珍しくない。お風呂場で親が使っているものを子どもが勝手に使い始めたり、親が買い与えたりして、なかなかブランドまでは目に届きにくい面がある。

 こうした背景もあり、なるべく10代に近い若手タレントを起用することで、より貝印ブランドを意識させる狙いがあるようだ。

 貝印は創業116年目を迎える日本を代表する老舗企業の一つといえる。一方、ひげ剃りなどは電動シェーバーの普及などもあり、市場の変化は続く。いかにして自社製品を次世代の消費者に継承していくのか。日用品老舗メーカーならではの課題だろう。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ