手紙の送り主は、栃木県小山市の老舗菓子屋「蛸屋」だった。手紙に書かれていたのは、THEOを使わせてくれないかという内容だった。
「蛸屋さんは一度倒産し、会社更生法によって再建途中の企業でした。そのため店の職員さんもほとんどいなくなってしまい、さらにコロナ禍が追い打ちをかけお菓子が作れなくなり、わらにもすがる思いで手紙をくださりました。せっかく研究開発したものを外に貸し出すことは社内でも議論がありました。結局、社内では使えないとなった機械なのだから貸し出そうということで、1号機をそのまま貸し出しました」
すると、社内では一度「不要」の烙印を押されたAIロボットが、街のお菓子屋で輝き始めたのだ。THEOは職人不足に悩まされる菓子店では職人の代わりとして活躍し、さらにその物珍しい見た目は子どもたちから人気にもなった。さらにAIを搭載しているため、使えば使うほど実際の職人のように成長し、焼くのも上達していった。
「ロボットに感情があるかどうかは分からないのですが、機械の技術も上がっていくことによって愛着も生まれていきました。まさに職人の弟子を派遣しているような感じで、お金儲(もう)けではなく人助けをしている心地になりました。蛸屋さんからは、『すごく助かりました』というお手紙をいただきました」
この成功例はテレビでも取り上げられた。ユーハイムは「AI職人」とも言えるTHEOを全国に派遣していくようになる。10台、15台とどんどん増えていき、2024年現在では40台以上を生産し、そのうちの20数台が町のお菓子屋で活躍しているという。
さらに、お菓子屋以外にも活躍の場を広げている。
「農家でもTHEOが活躍するようになっています。最初のきっかけは宮崎県の養鶏農家でした。養鶏農家は10万羽20万羽が卵を毎日生んでいるのですが、そうすると数パーセントのフードロスが発生します。この出荷できない卵をTHEOのバウムクーヘン作りに生かせないかということで打診を受けました。フードロス削減が目的とのことで、われわれも喜んで貸し出しました」
もともとは南アフリカの子どもに届けるプロジェクトだったものが、日本の国内産業の振興にも役立っている。AIでバウムクーヘンが作れる意義を河本社長はこう話す。
「バウムクーヘンを焼く技術は、機械を動かすだけでも3週間の研修が必要です。さらにベテラン職人と同じように熟達するには1年から2年はかかります。ところがTHEOを活用することによって、3日間のデータ作りさえすれば、あとは菓子職人として活躍してくれます」
2023年2月、THEOは神戸市の特別住民票を獲得した。単なるAIロボットではなく、一人の「市民」として、世の中にどう役立てていけるかの象徴とも言える。
「現在では子会社を設立し、THEOを一時的にイベント会場に派遣する事業も実施しています。AIによって社会問題をどう解決していけるのか。今後も積極的に打ち出していきたいと考えています」
AIをもっと社会に役立てるため、ユーハイムは神戸市の施設「Microsoft AI Co-Innovation Lab」(AIラボ)を活用している。名前の通り日本マイクロソフトが運営する施設で、日本初の民間に開いたAI開発拠点だ。AIやIoTを活用したイノベーションの創出を期待していて、参加企業は施設の設備を利用できる。その一方で、生まれた成果の知財は参加企業全てに帰属する仕組みだ。
「アフリカの子どもたちにお菓子を届ける最初の夢は変わっていません。お菓子によってどう世界を平和にしていけるのか。これからも考えていきたいですね」
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