AIで、旬の魚に合う「日本酒」造り 職人の勘を超える発見もえっ、うちの会社でAI活用!? 「非・IT企業」の使いこなし術

» 2024年06月27日 08時30分 公開
[大久保崇ITmedia]

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 天保年間より酒造りをしていたという鈴木酒造店。祝い酒として地元の漁師に愛される『磐城壽』が代表銘柄だ。

 同社は福島県浪江町で酒造りを続けてきたが、2011年3月11日の東日本大震災で、津波の被害を受け全建屋が流出。唯一残った蔵も、福島第一原子力発電所から直線距離で7キロメートルの場所にあったことから、避難指示の対象になり、立ち入りを禁じられてしまった。研究目的で別の場所にあったわずかな「酒母」を頼りに、山形県長井市にて酒造りを再開。

道の駅なみえに新たに酒造を構えた(画像:鈴木酒造店提供)

 そして震災からおよそ10年後──。浪江町の道の駅「道の駅なみえ」に隣接する形で「なみえの技・なりわい館」が建てられた際、その中に新たな酒蔵が作られ、晴れて浪江蔵の再建が叶(かな)った。

 そんな鈴木酒造店が新たなチャレンジに乗り出した。AIを活用して常磐もの(茨城県と福島県浜通りの沿岸海域で獲れる魚介類を指す)に合う日本酒を造っている。AIが魚の味を甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つに分類して数値化し、どういう味の酒と相性がいいかを導き出す。

日本酒(磐城壽)を8つの分類に分け、常磐ものの魚料理との相性分析を行った(画像:鈴木酒造店 公式Webサイトより)

 例えば濃い味わいの料理であれば軽めの酒を、「甘味が足りない」というAIの提案があれば、それを補完するような酒を造る。この方法により、職人の勘だけでは思いつかないような組み合わせが生まれているという。

 料理と酒の相性度は点数によって示される。90点以上だと相性度が高い。これまでの鈴木酒造店が造った日本酒の最高得点は97点で、ニンニク醤油につけて食べるカツオの刺身と相性抜群だ。

常磐ものに合う日本酒を開発した(画像:鈴木酒造店提供)

 「90点から95点に5点上げるのが大変。甘味といっても、すっきりした甘味もあれば重みのある甘味もある。単純に重い料理だから軽い甘味で、とはならない」と、代表取締役の鈴木大介氏は開発の難しさを述べた。合わせる料理の味を考え、最適なバランスを模索して造る。こうした微妙な調整には、AIの提案だけでなく職人の技術と経験も必要不可欠なのだろう。

 また、AI酒造りを進めていく中では思いがけない発見もあるという。

 「アンコウに合う酒を造った際、AIは私が合うと思っていたものと真逆の提案をしてきた。実際に合わせてみると本当にうまくて、それには驚いた」と話す。こうしたAIの提案によって着眼点が広がり、さまざまな料理と日本酒の組み合わせを知ることにもつながったようだ。

 例えばカレイの酒はキンキの煮付けとも合うし、ホッキ貝の酒はだし巻き卵や揚げだし豆腐、天ぷらにも合う。また、ユニークな発見として、焼き肉のたれと大吟醸が合うということも分かったそうだ。こうした発見はAIを活用したからこそだという。

 そんなAIの精度を、鈴木氏は「これまで外れたことはない」と高く評価している。

器による酒の味わいの違いをAIで測定 酒造りにつながった

 鈴木酒造店がAIによる酒造りを始めるきっかけとなったのは、福島第一原発敷地内に貯蔵されているALPS処理水の海洋放出だ。政府が海洋放出を決定したのは2021年4月。同時期、福島県の沿岸漁業は試験操業を終え、本格操業への移行期間に入るタイミングであり、地元の漁業に大きな影響を与えた。

 「漁師さんたちは本格操業を楽しみにしていた。だが、そのタイミングで海洋放出が決定し、不安が広がっていった。私たちの酒は地元の漁師さんたちとの暮らしから生まれてきたもの。福島の魚を応援したいと考え、AIを活用して地元の魚に合うお酒を開発できないか、と思った」

福島の魚を応援したいという思いが出発点となった(画像:鈴木酒造店 公式Webサイトより)

 鈴木酒造店がAIに触れるのは酒造りが初めてではない。浪江町の伝統的な焼き物『大堀相馬焼』の海外展開を狙って、酒器の形状によって変わる酒の味わいを、AIによって数値化しようとしていたことがある。

 人間の舌の構造上、どの部分にどのくらいの量が触れるかによって味わいは変わるという。例えばおちょこのようなラウンドタイプは味をまろやかにし、四角いスクエアタイプは味の変化が楽しめる。日頃から飲み比べをしている者なら共感できるかもしれないが、知らない人、特に日本酒に馴染(なじ)みのない海外の人たちは、理屈が分かって味の想像がしづらいかもしれない。海外に展開していくには、数値化されている方が説明しやすいと考えて研究を進めた。

 しかし、この取り組みは実現直前まで進んだが止まってしまった。その時に「またいつかAIを活用してみたい」と思っていたという。そして今、その思いの通り、AIを活用した酒造りが進んでいる。

AI酒造りと地域復興 

 AIを活用して開発した日本酒は、オンラインや一部小売店で販売し、料理店にも卸している。また、魚の旬に合わせて販売しており、取材を実施した6月頃はホッキ貝やヒラメ、スズキに合う日本酒を取り扱っている。

 売り上げについては「あまり売れないだろうと思っていたが、想定していたよりかは売れた」と予想以上の反響があったことを明かしつつも、「とはいえ、まだまだなので頑張らないと」と意気込みを見せた。

常磐もののヒラメと呑みたい磐城壽(画像:鈴木酒造店 公式Webサイトより)

 「福島県や浪江町を訪れた人に、地元の料理屋さんや居酒屋さんで味わってもらえたら」と地域復興への思いも込める。

 一部、東京や大阪の飲食店が、常磐ものを仕入れる際に、日本酒も仕入れてくれているという。こうした都心部の飲食店で相性の良い日本酒の味を知り、「福島に訪れる人が増えてくれたらうれしい」と期待を寄せる。

 今後は福島県のトラフグ『福とら』や、浪江町で始まる予定のサバの陸上養殖による『福の鯖(さば)』、サケ漁が再開されればサケに合う日本酒の開発にも意欲を示す。その上で、地域に根ざした酒造りと浪江町の復興への強い思いを語った。

 「浪江町は人が少なくなっている。自分たちが浪江に特化した酒造りを行い、人を集めるようなことをしていきたい」

 浪江町の人口は2011年は2万人を超えていたが、2020年は2000人を下回っており震災前の1割にも満たない(参照:PDFより)。

 鈴木氏からは、AIという最新技術を活用しながら地域の伝統や文化を大切にし、福島の復興に貢献したいという強い思いが感じられた。AIと職人の技が融合した新しい日本酒造りが、日本酒文化の発展と地域の活性化に新たな可能性をもたらしてくれると期待したい。

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