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孫正義と医師が語る「ASI時代のがん治療」 AI活用で個別化医療の実現へ(2/2 ページ)

» 2024年07月17日 08時00分 公開
[山形麗ITmedia]
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AIを活用した「誰一人残さないがん対策」

 テンパスのAI解析サービスでは、遺伝子検査の結果だけでなく、電子カルテや病理画像など、全てのデータをAIによって一元管理している。日本で打ち出されるサービスは、すでに米国内2000以上の病院から収集した770万件の非識別化された患者データを学習したシステムを無料で活用できるという。テンパスCOOのRyan Fukushima氏は「データの収集にあたって、医療関係者に負担をかけたくない。テクノロジーでデータを収集・整理することで、医療関係者に良い情報や価値を提供し、業界全体を助けたいと思っています」と話す。

 通常、最新の技術を導入するには、病院側の仕組みを大きく変えなければならない。しかし、テンパスのAI解析サービスは病院側が仕組みを変えることなく利用できるほか、がん中核拠点病院を含む全国の医療機関でタイムラグなくデータの共有が可能になる。これは今の医療業界において非常に画期的な仕組みだ。

 名古屋大学医学部附属病院 化学療法部教授・部長の安藤雄一氏は「多くのデータを共有できれば、効きやすい薬や手術後に再発しやすい人の特徴など、さまざまな性質を知ることに役立ちます。費用面は確かに考えなければいけませんが、将来的には、がんと診断されたときに全ての人ががん遺伝子パネル検査をできるようになればと願っています」と話した。

名古屋大学医学部附属病院 化学療法部教授・部長の安藤雄一氏は「将来的には、がんと診断されたときに全ての人ががん遺伝子パネル検査をできるようになればと願っています」と話した

 AI解析サービスが拡大することにより、製薬会社にとっても大きなメリットがあるという。

 織田氏は「製薬会社は臨床試験を行うときに、治療が始まって間もない患者さんを求めています。特定の薬を使ったことのある人は参加できない臨床試験もあるので、ゲノム医療を最後にすると、参加できる臨床試験が減ってしまいます。早い段階でゲノム医療を行って、多くの人に臨床試験に参加してもらう。そして企業が元気になる。この流れが大事です」と話し、「その上で、スクリーニング検査(無症状の人を対象としてがんの疑いのある人を見つける検査)をしなくても、ゲノムの異常が分かってくる。これを生かして日本の臨床実験を活性化させていくことが重要になってくると思います」と続けた。

 「がんの薬は製薬会社にとって最も大きなテーマです。米国のデータに加えて、日本のデータを最大限に活用できることで、日本の医療界の発展に大いに役立つのではと思っています」と孫氏も製薬会社や日本の医療への貢献に胸を張る。

 九州大学大学院医学研究院 社会環境医学講座 連携腫瘍学分野教授の馬場英司氏は「最先端の創薬に利用できる部分は大きいと思います。それと同時に、標準治療が確立していない希少がんに対しては、膨大なデータベースに基づく適切な医療データが有益になると感じています」と所感を述べた。

九州大学大学院医学研究院 社会環境医学講座 連携腫瘍学分野教授の馬場英司氏は「標準治療が確立していない希少がんに対しては、膨大なデータベースに基づく適切な医療データが有益になると感じています」と所感を述べた

 エスビーテンパスは8月1日に始動予定。医療データの収集や解析、AIによる最適な治療方法のレコメンデーションといった個別化医療を支援するサービスを、国内で順次提供していく予定だ。AIと医療を融合した新しいサービスは、これからのがん治療のあり方を大きく変える可能性がある。

 「これからAI解析サービスが導入され、患者さん一人一人に合った治療を提供できるのは本当に素晴らしいことだと思います。集まった多くのデータが本人やその家族に貢献する未来を楽しみにしています」(武藤氏)

 医療現場の人手不足解消にも一石を投じそうだ。

 「今の医療には検査をして解釈する労力、臨床データを入力する労力、エビデンスの少ないデータを見つける労力があり、全てが足りていません。それをAIで補ってもらうことによって、患者さんも積極的に参加したポジティブなサイクルができると感じています」(北川氏)

 「医療機関とパートナーシップを組み、より多くのデータを蓄積して、サービスの利点を感じていただきたい。そして、そのデータが創薬や臨床実験に役立つと、これまで最善とされていたやり方が変わるかもしれません。こうしたサービスの活用を通じて、日本の医療がどう変わっていくのか楽しみです」(Ryan Fukushima氏)

 日本経済新聞は5月23日朝刊で、厚生労働省が、がん遺伝子検査を幅広い患者が受けられるよう負担費用の軽減を検討していると報じた。国も、がんゲノム医療の推進に力を入れている状況だ。現状、公的保険は外科手術や化学療法といった使える「標準治療」がない場合や、標準治療を終えても治らない場合など一部に限られている。一方で、患者が標準治療前に検査を受けるには数十万円の検査費などを負担しなければならない。日米で医療制度が異なるため、今後の制度設計との折り合いが事業のカギとなりそうだ。

 「制度や費用の課題はあるのかもしれません。しかし、1日でも早く、1人でも多くの命を助けるということには、誰も反対しないでしょう。テンパス日本上陸をきっかけに、日本のがん治療は一気に開花すると思います」(孫氏)

著者プロフィール

山形麗(やまがた うらら)

1999年生まれ。相続・不動産・お庭をメインに、幅広いテーマで年間200以上の記事を執筆。社会課題や暮らしの問題などを多岐に渡って取材している。2023年6月、秋田県に行政書士事務所『行政書士オフィス麗』を開業。


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