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孫正義の商才が開花したバークレー 1カ月で売上3倍にした「初の企業買収」の舞台裏『志高く』(2)

» 2024年06月08日 08時00分 公開
[井上篤夫ITmedia]
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この記事は、井上篤夫氏の著書『志高く 孫正義正伝 決定版』(実業之日本社文庫、2024年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。

孫正義はカリフォルニア大学バークレー校経済学部時代から、すでに一流のビジネスマンとして頭角を現わしていた(2023年撮影:河嶌太郎)

 孫正義はすでに一流のビジネスマンとして頭角を現わしていた。だが、1979年当時、孫はカリフォルニア大学バークレー校経済学部4年生であった。まだ大学を卒業していない学生だった。

 インベーダーゲーム機を日本から輸入する。いまなら、ごく自然な発想だろう。しかし70年代、しかもアメリカに行って勉強している留学生の発想とすれば、ユニークどころの騒ぎではない。なかにはゲーム機の設置を断る店もあった。それを押し切ってゆく度胸こそアメリカでの成功を約束するものだった。断られたからといってひるむような孫ではない。ときには経営者に直談判して迫った。 

 「おいおい、何を言うんだ、いきなり」

 経営者は慌てふためいた。

 「簡単だよ、商売をぼくはやりたいのです」

 経営者はゲーム機など置いたら、店の雰囲気が悪くなると言う。

 「そういうことを言い出すから商売熱心じゃないと言っているんですよ」

 「どういうことだ?」

 「ヴィクトリアステーションにぼくの機械を置いてある」

 すかさず引き合いに出したのは、ステーキレストランとして流行っている「ヴィクトリアステーション」までが待合室に置いてあることだった。たいていの店は孫の粘りに負けた。ところがある日、思いがけない電話があった。つい一年ばかり前、(孫の最初のビジネスパートナーで、後にグローバル通信インフラプロバイダー「UTスターコム」創業者の)ホン・ルーがマネジャーをしていたことがあるアイスクリーム専門店のアイスクリーマリーからだった。

 「すぐきてくれ。きみのゲーム機が壊れて、客が文句を言っている」

著者プロフィール:井上篤夫(いのうえ・あつお) 

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作家。1986年にビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)、テッド・ターナー(CNN創業者)を単独取材した。1987年、孫正義を初インタビュー、以来37年余にわたって密着取材を続けている。『志高く 孫正義正伝 決定版』(実業之日本社)はベストセラーとなり、英語・韓国語に翻訳された。『志高く 孫正義正伝 完全版』(実業之日本社文庫)2010年オーディオブックアワード ビジネス書部門大賞受賞。『志高く 孫正義正伝 新版』(実業之日本社文庫)『事を成す 孫正義の30年ビジョン』(実業之日本社)『孫正義 事業家の精神』(日経BP)『とことん 孫正義物語』(フレーベル館)、『フルベッキ伝』(国書刊行会)は2023年日本英学史学会 豊田實賞を受賞。『ポリティカル・セックスアピール 米大統領とハリウッド』(新潮新書)『追憶 マリリン・モンロー』(集英社文庫) 『素晴らしき哉、フランク・キャプラ』(集英社新書)ほか。訳書に『マタ・ハリ伝 100年目の真実』(えにし書房)『今日という日は贈りもの』(角川文庫)『マリリン・モンロー 魂のかけら』(青幻舎)などがある。

バークレーで開花した商才 一等地のゲームセンターを買い取る

 孫はアイスクリーマリーに駆け付けた。あいさつもそこそこにゲーム機の前に飛んでいった。操作してみる。動かない。故障したのか。孫の胸を不安がかすめた。新品のはずだった。運搬の途中で故障が起きたのか。だが、ゲーム機のまわりに集まっていた人たちは――信じられない光景を見たのだった。25セントコインがあふれんばかり。機械が壊れたのではなかった。コインボックスにコインが入り過ぎて機械が動かなくなっていたのだ。のぞき込んでいた客たちが大笑いした。喜劇映画のワンシーンのように腹をかかえていた。

 アイスクリーマリーは、バークレーの若者たちでごった返すホットスポットだった。もともと、アイスクリームは、アメリカ人にとって大きな文化になっている。アメリカでもっとも有名な大学の学生たちがアイスクリームを食べながらゲームをするのに夢中になった。孫がわざとおごそかな態度で取り出したコインを手渡すと、店長は大喜びした。こういうときのアメリカ人はじつに素直に自分の感情を表現する。

 「よし、きみの機械をもう一台入れようじゃないか」

 大学生の孫は資本金ゼロから、わずか2週間で機械代から飛行機の運賃までも稼いでしまった。半年間でゲーム機の数は350台になり、1億円を超える利益を出した。しかも資本金はゼロだった。

 この成功がほかのアメリカ企業の注目を浴びた。北カリフォルニアだけで100社ほどが参入した。だが、孫はトップの座をどこにも譲らなかった。

 資本金ゼロから、1億円もの利益を上げる。

 「ありえない、不可能だ」

 と考えるのが常識だろう。

 ソフトバンク・アメリカの社長をつとめたことのあるテッド・ドロッタは言う。

 「孫さんは、サンフランシスコでランチの約束をして、同じ日にニューヨークで別の人と会う約束をしてしまうことがある。これは不可能だ。しかし、ことビジネスに関して、彼にとっては不可能だとは言えない。とにかくすごい人物だ。同じ日に、サンフランシスコとニューヨークでランチをとるようなアイデアがごく自然に生まれてくるのだから」

 孫には並み外れた能力が2つあるとドロッタは言う。ちなみにドロッタほど、孫をよく知っているアメリカ人は少ない。孫にとって「アメリカの父」と人々は言う。そのドロッタが断言する。

 ひとつは、問題の本質を見極める驚くべき能力。本質を見極めて、素早く対処する。

 もうひとつ。信じ難いほど一所懸命に仕事をする。これは孫の並み外れた生き方だが、ただ一所懸命に仕事をしている人ならばいくらでもいるだろう。孫が常人と違うのは次々と新しい視点を引き入れること。そうした能力に長(た)けている。そのふたつの能力が発揮されたのが、バークレー校のキャンパスのすぐ近くにあるゲームセンター買収である。

 学生がちょっと息抜きをするには絶好の場所である。本屋、レコードショップなどが並んだ一画にあり、いまでも学生たちのプレイスポットになっている。そのいわば一等地のゲームセンターを買い取る。大学生の身では資本金があるはずもない。だが、2000万円(当時のお金で9万ドル)で買い取ることができた。

 当然、真っ先に銀行に交渉に行った。ホン・ルーの持っていた家を抵当に入れた。綿密な事業計画と情熱が伝わって銀行からプライムレート(最優遇貸出金利)で借り入れができた。大学生にとっては例外ともいえる融資条件だった。

 これは孫にとってはじめての企業買収である。孫には成算があった。これまた常識を覆(くつがえ)すような自信だが、これこそドロッタの言う戦略であった。

 1カ月で3倍の売り上げにする。孫は徹底して合理化を実行した。

 ゲームセンターの機種別の売り上げを調べる。とにかく徹底したリサーチが大切だった。なかにはあまり人気のない機種もある。最初は関心を持たれても人気が落ちてきた機種もある。毎日、機種のひとつひとつまでくまなく調べ上げる。孫の戦略のひとつだ。機種ごとの細かいグラフを見れば、何日目で損益分岐点に達したかひと目で分かる。

 キャッシュフローを徹底して重要視したのだ。目標を設定して、それに向かって着実に達成していく。これが今日の孫のビジネスを特徴づける「日次決算」につながる。孫のすごさは、こうした地道な努力を惜しまないところにあった。天才は一日にして成らずである。

 バークレーのめぼしい店のほとんどにテーブル型のゲーム機を備えつけたので、新しいゲームも導入しやすくなった。基板さえ取り替えればいいのだ。基板は小さいので運賃も安かった。

 当時、80年代に入ろうとしていた日本で流行っていたゲームソフトを次々に導入した。パックマン、ギャラクシアン、スクランブルなどだ。やり出したら徹底してやるのが、孫のやり方である。従業員に対しても。

 アルバイトを募集したとき、孫はアメリカ人しか雇わなかった。最初からアメリカ人だけをビジネスの対象にしていたのである。当時のバークレーには、ヒッピー崩れや、どうかするとマリファナを売ったり、いかがわしいバイトをしたりする連中もいた。

 はじめは無差別に雇ったが、どうみても無能なやつ、まるっきりの怠け者、とにかくいろいろなのがいた。孫は3日間、彼らを観察していた。初日ははじめて仕事についたのだから、人より仕事ができなくても仕方がない。2日目、たいていの人は仕事に慣れるし、仲間たちとの協調性も身についてくる。だが、3日目になってもまるで変わらないのもいる。そういう人材を孫は直ちに解雇した。

 ゲーム好きな学生アルバイトが孫の眼鏡にかなった。彼らは誰に言われなくても徹底的に働いた。売り上げが伸びた。買収したゲームセンターはわずか1カ月で3倍の売り上げを記録した。驚異的な企業家精神であった。

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