一社で長く働くというこれまでの日本のキャリア観は、コロナ禍を経て完全に過去の話と化した。キャリアは会社が与えてくれるものから、自分が築き上げるものになった。それは、今所属している場所が、自分に成長や安心感を与えてくれる場所なのか──そうした「キャリア安全性」を誰もが求めるようになったともいえる。VUCA時代において、多くの人に当てはまる「最適解」はもはや正解ではない。十人十色なキャリア安全性について考えてみよう。
学生のときに、学科の教授が「サバティカル休暇」と称して1年間海外に行っていた。初めて聞いた言葉だったので、「サバティカルって何?」と尋ねたところ、長期勤続者に対して与えられる長期休暇のことだという。
大学に多くある制度で、普段の職務を離れて本業の研究に専念するために設けられた数カ月〜1年の研修期間とされている。いわば「研究休暇」ともいえるだろう。
当時、社会人学生をしていた私は、そういう前向きな休暇制度があることに驚いた。「うらやましい」「素敵な制度だ!」と思うと同時に、社会人にも数年に1度1年くらい休むときがあってもいいじゃないか、と本気で思った。
企業の福利厚生にはたくさんの「休暇」があるが、実は「休み」でないものがほとんどだ。育児休暇、介護休暇、生理休暇、出産休暇、看護休暇、慶弔休暇……。「休暇」と名がついているものの、育児、介護、出産、看護などは休みではなく、むしろ仕事以上に大変な責任を伴う。こうした活動は「休息」の時間とは言えない。
人生100年時代といわれ、働く期間は年々長くなっているが、20歳前後から40〜50年働き続けることはそんなに容易いことではないとみなさんも思っているだろう。働いて人の役に立つ喜びは何事にも代えがたいが、私たちは機械ではないから怪我も病気もするし、疲れも年々増していく。当然「休息」は必要だ。
週2回と盆と正月の休みで、充分に心身の疲れが取れているだろうか? 「さあ、また頑張ろう!」と思える休暇を、1年の中でどれくらいとれているだろうか?
「休み」について考えることは、キャリアにおいてとても重要なことだ。しかし、私たちは「今ある仕事をどのようにこなすか」を中心に物事を考えることが多く、「どういう休みを過ごしたいか」を考えることはほとんどない。満足のいく休息が生産性向上につながるのは明らかなのに、休息について考える機会が少なすぎるのだ。
逆にキャリア形成中に「休み」を取ることはマイナスだ、と思われてすらいる。育児休暇や介護休暇など、休みではなく大変な別の労働をしているにもかかわらず、組織の仕事をしていないというだけで、「ブランク」とみなされて、その後の組織内キャリア形成の阻害になる事例が多くありすぎる。
あまり知られていない事実だが、実は政府は2014年からサバティカル休暇を促進していた。2022年の政府の「新しい資本主義」の閣議決定でも言及されている。
さまざまな審議内容を見るに、多様性の尊重や人への投資、スキル向上のための「教育訓練休暇」としての意図があるようだ。しかし、休み=キャリア形成の阻害要因という潜在的な認知がある中では、いくら政府がサバティカル休暇を推奨しても、本来の目的通りに使われるかどうかは確かに疑問だ。
最近では、仕事をしないブランク期間をマイナスに捉えない「キャリアブレイク」という言葉が使われるようになってきている。「一時的に雇用から離れる離職、休職など、キャリアの中にあるブレイク期間のこと」と定義されており、自分の人生の転機として、一旦雇用から離れることを指す。
キャリアブレイクをして人生を好転させることは可能であり、雇用側も前向きな休みについては肯定的になってきているという調査もある。また、実際には35人に1人がキャリアブレイクを経験しているとも言われている(北野貴大『仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢』、KADOKAWA)。
冒頭のサバティカル休暇も、仕事を中断して、他に目を向ける機会を推奨している制度だ。そういう機会や経験が、長期的に人生に与える影響は大きいだろう。
一方、キャリアブレイクほど長期的な休みを取得するのは難しかったり、不安を覚えたりする人もいるだろう。一部の企業で広がっている週休3日制は意識的に休む日を持ちやすくなるという意味では、一つの有効的な施策だと感じている。
例えばZOZOTOWNを運営するZOZOでは、1日8時間×週5日勤務(週休2日)を基本としつつ、1日10時間×週4日勤務(週34休3日)も選択できるようにしている。総労働時間・給与は変わらない。社員は、半年に1度、週休3日にするかどうかを選択する仕組みだ。2022年時点で延べ利用者は50人ほどで、社員の反応はおおむね好評だという(参照:厚生労働省「働き方・休み方改革 取組事例集」PDFより)。
塩野義製薬も、週休3日制を導入している。同社は、労働時間に応じて給与が減額される仕組みを採用しているが、この制度の導入と同時に所定労働時間を1日45分減らし、リモートワーク導入、フレックスのコアタイムを廃止など、時間の融通と合わせて柔軟な働き方環境にチャレンジしている(参照:厚生労働省「働き方・休み方改革 取組事例集」PDFより)。
リクルートも年間休日を145日に増やし、年間でならすと、週休約3日制を実現している。また、3年ごとに最大28日連続で休暇が取れるSTEP休暇という制度も存在する。他にも意外と多くの企業の事例があった。人材不足感が顕著になってきた現在、企業も「休み」について真剣に考え始めているといえるかもしれない(参照:リクルート「リクルート流、週休3日制ってナニ? 年間の休みを145日に増やした狙いに迫る」より)。
社内で週休3日制について話し合う機会があれば、以下の項目をぜひ考えてみてほしい。
特に3については、一緒に仕事をしているチーム内で共有しながら行いたいワークだ。 チームの生産性を上げるためにも、1〜3のような会話をし、お互いの理解を深め、仕事の役割分担にも反映させていくことが、ストレスなく働ける一歩になる。
チーム内で休みについて話し合う機会はあまり多くないかもしれないが、実はこうした機会をつくるだけで、チーム全体のパフォーマンス向上と、社員の満足度やエンゲージメントを高めることにつながる。
休みは後回しにするものではなく、最初に考えるもの。この順番を変えるだけで、仕事の質や生産性が向上する可能性は高まる。休息をキャリア戦略、人材施策の一環として考え、積極的な休みに取り組んでいくくらいが、個人にも企業にも必要だ。休む力を身につけることが大事なのだ。育児や介護など、人生に必要な期間とともに、自分に必要な休息について、ぜひ考えてみよう。
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