さまざまな業界で人手不足が叫ばれており、その相棒として「テクノロジー」が続々と採用されている。
旅行業界では、バスガイドの減少が目立つ。修学旅行やバスツアーに欠かせない存在だが、新型コロナウイルス禍における離職や高齢化の影響を受け、減少傾向が続く。日本バス協会が2021年7月に実施した調査によると、バスガイド数は2605人で、前年比77人減となった。
そこで新たに生まれたのが、ガイドがバスに搭乗せず、遠隔で案内をする「リモートバスガイド」という仕組みだ。これまでのバスツアーでは当たり前だった「1人1台」の景色が変わりつつある。
新型コロナの5類化移行に伴い観光需要が一層の高まりを見せる沖縄で、リモートバスガイドを導入しているエイチ・アイ・エス沖縄(HIS沖縄)に話を聞いた。
エイチ・アイ・エス沖縄では同社のツアー利用者を対象に、観光地巡りとアクティビティをセットで楽しめるシャトルバスを無料オプションとして提供している。そのシャトルバス内で2024年5月からリモートバスガイドを導入。リモートバスガイド付きで走らせたのはこれまでに15本ほど。
「シャトルバス自体は毎日定期便として走らせています。リモートバスガイドとして案内をする際には、観光地の楽しみ方や沖縄の観光についてお話しします。那覇までの帰り道には星の話をすることもあります」(関直樹氏 執行役員 営業本部部長 兼 国内・インバウンド事業部 事業部長 観光バス事業・観光人材育成事業 統括)
乗客がイメージしやすいように、スライドなどを使いながら話をするなど工夫を凝らす。実際の乗客と話したところ、おおむねポジティブな反応が多いという。すごく面白かったという感想をもらうこともあるようだ。
リモートバスガイド導入の効果としては、スタッフの労働生産性の向上を実感しているという。これまでスタッフが店舗の受付カウンターで行っていた乗客それぞれに対する個別説明の時間もバス内でのアナウンスに集約させることで短縮につながった。
現在、エイチ・アイ・エス沖縄内でリモートバスガイドを担当しているのは関氏のみだが、話が得意なスタッフの教育にも力を入れる。現在は社内の一画でリモートバスガイドをしているが、将来的には自宅から接続できたり、時短で働いたりなどの選択肢も考えているという。
エイチ・アイ・エス沖縄が使用するリモートバスガイドシステムの開発は2023年10月にさかのぼる。同社がIT企業のokicom(沖縄県宜野湾市)にバスガイド不足について話したことがきっかけとなり、県の「観光事業者労働生産性向上支援事業補助事業」を活用して開発に至った。
モニターは自由に取り外し・取り付けが可能か、エイチ・アイ・エス沖縄の社員が使いこなせるか、ネット回線は安定しているかなどの条件をディスカッションしながら完成させた。2024年3〜4月で試験的に運用し、5月から先述のシャトルバスで展開している。
リモートバスガイドはバスガイド不足を救う大きな一歩だが、エイチ・アイ・エス沖縄はこれ以前からバスガイド不足への対策を社内で講じてきた。
コロナ禍による退職や高齢化に伴う離職でバスガイドの数が減少し、取り合いが起こっている。関氏は若手のバスガイドもいるが、続かないケースも少なくないと話す。ベテランが多く、今からバスガイドを志す人も減っているという。
また、関氏は日本特有のツアー事情を交えながら、こう説明する。
「日本では、添乗員さんとバスガイドさんという役割がはっきり分かれている場合が多いです。前者はタイムスケジュールなどの旅程管理がメインです。後者は添乗員さんが不在の場合は旅程管理もしますが、主には観光案内などのエンターテインメントを提供する役割です。『わたしは添乗員なのでガイドはしません』『わたしはツアーガイドなのでこれはしません』という考えの方もいらっしゃって、対応に差がありました」
そこでエイチ・アイ・エス沖縄が取り組んだのが、社内でのスタッフ教育だった。社員の適性を見ながら、2019年にトレーニングを開始。2020年1月から実際にスタッフがバスガイドとして搭乗するようになり、好評を博した。
徐々に慣れたタイミングの2020年3月から新型コロナウイルスが本格化し、旅行業界は大きなダメージを受けた。同社も例外ではなかったものの、地元企業と連携したオンラインツアーなどを企画し、再び日が昇るのを待った。
「オンラインツアーの企画・運営を通して、さまざまな新しいことに取り組みました。ツアー用の動画を撮影したり、編集したり、スライドを作成したりですね。その経験の中で『今後、ガイドが足りなくなったときにこういったオンラインの時代が来るんじゃないかな』と思ったんです。その後にリモートバスガイドシステムを開発してくださった、オキコムさんと出会い、今につながっています」と関氏は振り返る。
バスガイド不足に対するこれまでのエイチ・アイ・エス沖縄の取り組みを振り返り、関氏は今後の挑戦として「ドライバー研修」と「他県への展開」を挙げる。
リモートバスガイドを導入している場合、バスに乗っているスタッフは実質運転手の1人だけになる。運転手の対応が乗客の満足度に影響を与えることもあるだろう。挨拶や感じの良い対応などの「目的地に乗客を運ぶ」以外でも乗客の満足度向上につながるよう、研修などを実施する。運転手がバスガイドの役割も担えるようになれば、また新しいチャレンジにつながると考えているという。
県外への展開も視野に入れる。「今後、旅行会社が提供しているパッケージツアーは衰退していくと思います。それは数字にも顕著に表れている。そうなった場合、エイチ・アイ・エス沖縄として、本体に頼らない収益コンテンツをどれだけ持っているのかが重要になります。リモートバスガイドもその一つです。これまで当社で取り組んできたものより少し専門性が高いので、慎重にではありますが、できる限り早くいろいろな場所で多くの方に体験してもらえるように環境を整えていきたいです」
労働人口の減少に伴い、多くの業界で人手不足による綻びが見え始めている。これまで対面でのサポートが多かった旅行業界も大きく変わりつつある。テクノロジーを相棒にした、新たな挑戦に期待したい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング