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管理職が知るべき「部下を育てるコミュニケーション」 チーム力を強化し、組織を活性化十人十色な「キャリア安全性」

» 2024年09月19日 08時30分 公開

連載:十人十色な「キャリア安全性」

一社で長く働くというこれまでの日本のキャリア観は、コロナ禍を経て完全に過去の話と化した。キャリアは会社が与えてくれるものから、自分が築き上げるものになった。それは、今所属している場所が、自分に成長や安心感を与えてくれる場所なのか──そうした「キャリア安全性」を誰もが求めるようになったともいえる。VUCA時代において、多くの人に当てはまる「最適解」はもはや正解ではない。十人十色なキャリア安全性について考えてみよう。

 部下育成における重要なポイントは3つある。「経験・スキル・コミュニケーション」だ。中途入社の社員に対しては特に「何ができるのか」「何をしてきたのか」と経験とスキルに注目してしまいがちだが、いくらスキルが高くて経験が豊富だとしても、コミュニケーションがうまく取れないとチーム内で問題を引き起こすかもしれない。

 今回は、コミュニケーション不全を感じていた企業で筆者が実施したワークショップを例に「部下を育てるコミュニケーション」を解説する。特別な準備は不要で、誰でも簡単に実践できるものだ。

部下を育てるコミュニケーションとは?(画像:ゲッティイメージズより)

人が「コミュニケーションを取れた」と実感する決め手は?

 人間は感情を持つ動物のため、感情が盛り込まれた話をすることで「コミュニケーションを取れた」と思うようになっているという。例えば「あれは大変だった」「こういうことがあってうれしかった」といった喜怒哀楽の共有が意思疎通の原点となる。

 リモートワークが広がったコロナ禍において、「コミュニケーションが減った」と感じていたのも、オンライン環境では仕事や用件の話だけで会話が終わりがちだからだ。画面越しでは表情や感情が伝わりにくいのもその一因だ。

 オフィスでは顔色を見て状況を判断したり、同僚とちょっとした立ち話をしたりできるが、オンラインになるとその機会は減ってしまう。つまり、仕事や用件の話だけをしていても、「コミュニケーションを取れた」と人間は思わない。

 以前は、飲み会などが感情を発露し、人となりを知る場となっていた。しかし、飲み会などの開催回数が減ったり、参加しない人が増えたりと、なかなか感情や人となりを知れる機会が少なくなった。業務上の会話だけでは、相手への理解や共感が高まりにくい。結果、意思の疎通が難しくなり、認識の齟齬(そご)が増える。これが、多くの職場の現状だろう。

コミュニケーションを活性化した、ライトニングトーク

 こうした状況の改善を進めている、ある企業の事例を紹介しよう。

 コミュニケーション不全を感じていた同社で、ライトニングトークを実施した。ライトニングトークとは、複数の参加者が5〜7分程度の短いプレゼンテーションを行う形式のワークショップである。

 初回は「新年度から始めたいこと」をテーマに、ホールディングスの全社員に向けて話し手と聞き手を公募したところ、7人の話者が集まった。試験的に業務時間中に実施したライトニングトークは、大いに盛り上がった。

 7人の話者がテーマに沿って思い思いに自分の話したいことを語ったことで、ただ聞くだけを目的に集まった参加者が、その熱意に触発されて熱心な聴き手へと変わり、オンラインチャットがにぎわいを見せたのだ。

 ライトニングトーク自体が初めてという人の方が圧倒的多数だったが、その新鮮さが良かったようで、参加者の満足度は高かった。次回の開催希望もあり、現在では社内のコミュニケーションイベントとして定着している。

 筆者がこのワークショップを通じて感じたのは「みんな、感情の話を欲しているのだな」ということだ。例えば、この回のテーマである「新年度から始めたいこと」に対して、話者が「筋トレを始めたい。なぜなら〜」と話し始める。

 全然知らない人が、なんだか熱くやりたいことを語っている──それだけで聴き手としては面白い。同じ会社にこういう人がいるのか、自分も何かをやってみたいななど、いろいろな気持ちが生まれてくるだろう。もちろん、業務時間中なので、やらされ感もない。

 この例には、部下育成のコミュニケーションにおける重要な点が含まれている。わたしたちがコミュニケーションに求めているのは、感情や人となりが知れる機会であり、その熱のこもった会話が部下を育てるのだ。テレビ番組『プロフェッショナルー仕事の流儀』『情熱大陸』などが人々の興味を引くのは、単に仕事の能力やスキルの話ではなく、いかにその取り組みに情熱が注がれているかに焦点が当てられるからだ。

 しかし、業務上のコミュニケーションでは感情や情熱を主として語る機会は少ないように思う。結果、管理職と部下の関係値はうまく築かれず、部下は自分の存在価値を感じにくくなる。チーム活性化の夢も遠のく。

 今職場に必要なのは、感情の話をする場だ。そういう場を作るのは管理職の仕事である。苦手であれば、そういうのが得意な人に任せてもよい。その場で、管理職が自身の体験や情熱を伝えることは、若手にとって貴重な学びとなる。先輩の話を聞くことで、若手は「今このやっていることが、何につながるのか」を考えるきっかけになるのだ。そして、一人一人の思いの蓄積がチームの結束を強くする。

 このような場をつくることは、上司部下ともに各自のキャリア形成にも大いにつながる。

  1. キャリアビジョンの明確化:自分の情熱や目標を語ることで、自分が何に強い関心を持ち、何に対して意欲的かを再確認できる
  2. ネットワーキング:先述した企業のライトニングトークはここも目的の1つにしている。共通の関心を持つ人とのつながりが生まれやすくなり、コラボレーションの機会が広がり、自分の幅を広げる助けとなる
  3. リーダーシップとコミュニケーション能力の向上:自分の考えやビジョンを他者に伝えることは、リーダーシップやコミュニケーションスキルを磨く絶好の機会となる。自分の考えを効果的に伝えることは、昇進や新しい役割を得る際にも強みとなる

 感情が乗ったコミュニケーションの場を作ることは、キャリアを形成する重要な要素を育む場となる。必ず、誰しもが実は熱いものを持っていると筆者は思っている。こうした会話の場は、ひいては組織の活力を高め、職場をより魅力的にする。

 管理職がやるべき仕事は、感情を共有する場を積極的に設けること。「管理」ではなく、まずは自分自身や部下が熱くなれる職場を、小さな範囲内からでも創り出していこう。

著者紹介:法政大学キャリアデザイン学部 兼任講師 なかむら アサミ

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法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻修了。修士(経営学)。

2006年サイボウズに中途入社。人事、広報、ブランディングに従事するほか、チームワークに関する研究や、他企業の研修実績も多数。

著書(共著)に『わがままがチームを強くする』(朝日新聞出版)『サイボウズ流テレワークの教科書』(総合法令出版)。『わたしからはじまる心理的安全性〜リーダーでもメンバーでもできる「働きやすさ」をつくる方法70〜』(翔泳社)

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