変革の財務経理

「今月どうしよう」資金繰りに悩む企業を救うか? “60日支払い猶予”で成長中サービスの正体

» 2024年09月24日 07時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

 「今月の支払いをどうしよう……」

 中小企業の経営者なら、一度は頭を抱えたことがあるのではないだろうか。売掛金の回収が遅れる一方で、仕入れや人件費の支払いに追われる。そんな資金繰りの綱渡りが、多くの中小企業の日常だ

 しかし、この悩みを解決する新たなサービスが、静かに、しかし確実に広がりを見せている。「請求書カード払い」と呼ばれるこのサービスは、従来の銀行振込による支払いをクレジットカードに置き換えることで、最大60日の支払い猶予を可能にする

 その代表格である「支払い.com」は、サービス開始からわずか2年半で累計決済額700億円を突破。直近2年間で実に17倍もの急成長を遂げている。法人向けカードを提供するスタートアップのUPSIDERとクレディセゾンが共同で運営するサービスだ。

 なぜ、この新しい決済サービスがこれほどまでに支持を集めているのか。その背景には、中小企業が長年抱えてきた資金繰りの課題と、それを解決しようとする新たな金融テクノロジーの台頭がある。

中小企業の資金繰りニーズで急成長 どのようなサービスなのか?

 日本経済の屋台骨を支える中小企業。その数は約358万社で、全企業数の99.7%を占める(2022年版中小企業白書より)。しかし、多くの中小企業が資金繰りに苦しんでいるのが現状だ。

 上場企業とは異なり、市場から直接資金調達が行えない中小企業は、銀行からの融資に運転資金を頼ることになる。しかしCFOなどの財務の専門家を抱える大手企業と異なり、中小企業では社長が資金調達を担当することが多い。本業に専念したい経営者にとって、資金繰りは大きな負担だ。

外注先などへの支払いは先に発生するのに、売り上げが入金されるのはしばらく先。この間に必要な資金を運転資金というが、この調達は意外と簡単ではない(UPSIDER資料より)

 資金調達のタイミングも課題だ。金融機関によっては、融資には早くても数週間、長ければ半年近くかかることもある。従来の借入では、突発的な資金需要に対応できないケースも多い。

 こうした状況の中、中小企業の資金繰り改善に向け、従来の銀行借入に代わる新たな金融サービスが注目を集めている。その一つとして、近年急速に普及しているのが「オンラインファクタリング」だ。これは、売掛債権を担保に即座に資金を調達できるサービス。利用企業は、オンライン上で請求書などの必要書類をアップロードするだけで、最短数時間で資金を調達できる。従来のファクタリングと比べ、手続きの簡便さが特徴だ。

 海外に比べて遅れていた国内のファクタリングだが、利用者は年々増加している。ファクタリングや融資の国際機関であるFCIの調査によると、2021年時点で日本のファクタリング利用総額は約7.5兆円に達しており、中小企業の資金調達において、融資以外の重要な選択肢になりつつある。

 2022年末には、マネーフォワードケッサイ、OLTA、H.I.F、GMOクリエーターズネットワーク、GMOペイメントゲートウェイ、ペイトナー、ラボルなどが参画した、オンライン型ファクタリング協会(略称OFA)も設立され、徐々に中小企業の間でも根づきはじめてきた。

急拡大する請求書カード払い

 ファクタリングに続き、ここ数年で急成長しているのが「請求書カード払い」、業界では広くBPSP(Business Payment Solution Provider)と呼ばれるサービスだ。ファクタリングが請求書を送った側の資金繰りを改善するのに対し、請求書カード払いは請求書を受け取った側の資金繰りを改善する点に特徴がある。

企業の支払いは、支払う側、受け取る側ともにほとんどが銀行振込で、資金繰りに優れたクレジットカードはほとんど使われていない。これは受取側がカードの加盟店になって手数料を支払う必要があるからだ。BPSPでは、間にBPSP業者が入ることでこれを解決する(アメリカン・エキスプレス 企業間決算白書2022より)

 BPSPの仕組みについて、UPSIDERで支払い.comの事業責任者を務める伊藤一汰氏はこう説明する。「本来銀行振込で行う支払いをクレジットカードに切り替えることで、支払いを最大60日間遅らせることができる。これにより、企業の運転資金の圧縮が可能となる

BPSPの仕組み。支払いを受けるサプライヤーの代わりにBPSP業者がカードの加盟店となる仕組みだ(Visa資料より)

 支払い.comは業界で初めてBPSPサービスを提供した先駆者だ。同社がサービスを開始してから約2年半で、既に10社以上がBPSPに参入している。GMOペイメントゲートウェイや三井住友カード、マネーフォワードなど、大手企業も後に続いた。

 このサービスの最大のメリットは、導入のしやすさだ。「審査や担保は不要で、クレジットカードさえあれば利用可能。オンラインで最短60秒で決済手続きが完了し、最短1日後の振込に対応している」(伊藤氏)

 BPSPは通常のクレジットカード決済と同じスキームを採用している。支払い側企業がBPSPサービス提供事業者(支払い.comなど)にクレジットカードで支払いを行う。BPSPサービス提供事業者は即座に請求元企業に代金を振り込む。その後、支払い側企業は通常のクレジットカード決済と同様に、翌月以降にカード会社に支払いを行う。

支払い.comのようなBPSPサービスを利用すると、請求書支払いをカード払いに変えるこができ、実質的に2カ月ほど支払いを遅らせることができ、資金繰りが改善する(UPSIDER資料より)

 手数料についても、クレジットカードと同じだ。BPSP事業者がカードの加盟店となり、ユーザー企業から受け取った手数料からカードネットワークに手数料を支払う。それをアクワイアラ、国際ブランド、イシュアで分け合う仕組みだ。

 ファクタリングでは、事業者が与信を行いそれに見合った額で買い取るため、与信に相当する手数料がかかる。その手数料は通常1〜10%程度だ。

 「支払い.comの場合、手数料は一律4%。ファクタリングと比較すると低コストだ」と伊藤氏は述べる。業界全体では一般に、クレジットカードの加盟店手数料は平均で3%程度だといわれているが、BPSPの加盟店手数料はそれよりも低い。ただし、クレジットカードの仕組みを使う以上、それを下回ることはできない。

 こうしたメリットが評価され、BPSPサービスの利用は急速に拡大している。「当社の強みは与信力にある。セゾンとわれわれで与信、それこそ中小企業に与信の強みを持った状況なので、しっかりと後払いの金額を提供できる」と伊藤氏。

 BPSPサービスにおいて、BPSP事業者が請求書に基づいて代理で銀行振り込みを行うと、ほぼ間を開けずにアクワイアラから入金があり、アクワイアラにはカードの発行会社であるイシュアから入金が行われる。イシュアは、引き落とし日にカード保有者の銀行口座から引き落とすまで与信リスクを負うことになる。

 実質的に請求書カード払いサービスにおいてリスクを負うのはカード発行会社であるイシュアだ。そこで法人向けカードを発行しているUPSIDERとセゾンの2社が、支払い.comサービスを提供する意味が出てくる。リスクをとっているイシュアの観点があることが重要だと伊藤氏は指摘する。

請求書カード払いにおけるトッププレイヤーの一つである支払い.comは累計決済金額が700億円を超えた(UPSIDER資料より)

BPSP市場の今後と課題

UPSIDERで支払い.comの事業責任者を務める伊藤一汰氏

 中小企業の資金繰り改善に大きな可能性を秘めるBPSP(Business Payment Service Provider)サービス。その急成長の背景には、従来のファクタリングとは異なる特徴がある。最大の違いは、VisaやMastercardといった国際ブランドの関与が大きい点だ

 これにより、既存のクレジットカード決済のインフラを活用した迅速なサービス展開が可能となった半面、ブランドごとに条件が異なっており、サービスの名称も統一されていない現状がある。

 伊藤氏は、「サービス名の統一は、認知の拡大のために重要」だと指摘する。実際、「請求書カード払い」「BPSP」「ビジネスペイメント」など、さまざまな呼称が混在している現状は、市場の成長を阻害する要因となりかねない。業界全体でのサービス名称の統一や、共通のガイドライン策定など、さらなる普及に向けた取り組みが求められている。

 不正利用への対策も今後の課題となるだろう。オンラインファクタリングでは、偽造請求書を用いたり1つの請求書を複数事業に送付する不正が発生している。ファクタリング事業者が請求書の真贋(しんがん)を見分けるすべはなく、こうした不正が横行するとサービス全体のコストアップ要因につながってしまう。

 請求書カード払いでも同様のリスクは存在する。また、取引がBPSP事業者、アクワイアラ、国際ブランド、イシュアと多くのプレイヤーに関わっており、不正の種類によってどのプレイヤーがリスクを負うのかも異なる。

 BPSPサービスは、中小企業の資金繰り改善という社会的課題に対する有力な解決策となる可能性を秘めている。しかし、その潜在力を十分に発揮するためには、不正対策の強化や利用者の理解促進、そして業界としての統一的な取り組みが不可欠だ。今後の発展に向け、業界関係者の取り組みと、利用企業の声に注目していく必要がありそうだ。

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