住宅ローン市場は、年間約20兆円の規模を誇る巨大マーケットだ。この中で、住信SBIネット銀行は急速に存在感を高めている。同行の住宅ローン実行額は、2023年度に1兆7000億円を記録。2024年度は2兆円を目指すという。
同行モーゲージプラットフォーム事業本部長の寺田隆宏執行役員は「2兆円の水準に達すれば、単独の金融機関としては業界トップクラス。市場の約10%のシェアを獲得することになる」と語る。
ネット銀行という看板を掲げる同行だが、意外にもその成長を支える主力は店舗型の銀行代理業者だ。2015年に開始したこの戦略により、全国に約100店舗を展開。「2023年度の実行額は7000億円から8000億円に達した」と寺田氏は明かす。
販売チャネルの内訳を見ると、銀行代理業者が58%、直販(提携デベロッパー経由)が36%、オンラインが6%となっている。ネット銀行でありながら、実は対面チャネルも含めた総合的な戦略で成長を遂げてきたわけだ。
もう一つ、同行の躍進を支える柱が商品開発だ。団体信用生命保険の付帯条件の見直しでは業界に先駆けて全疾病保障を無料で基本付帯にした。さらに2023年8月には、業界でも珍しい借入期間最長50年の住宅ローンの取り扱いを開始。話題を呼んだ。「九州や沖縄では普通だった超長期ローンを、全国どこでも利用可能にした」(寺田氏)という。
ネットと対面、両方の強みを生かしたハイブリッドな戦略に加え、革新的な商品開発。この両輪が、住信SBIネット銀行の急成長を支えてきた。しかし、寺田氏は次なる成長戦略の必要性を感じていた。「これまでは主に商品力で成長してきたが、金利上昇局面を迎え、競合他社も追随してくる中、商品力だけでの差別化は難しくなる」
そこで同行が着目したのが、住宅ローン業界全体の効率性と利便性の向上だった。この新たな挑戦が、デジタルプラットフォーム「かんたん住宅ローン」の開発につながっていく。
寺田氏は、住宅ローンの手続きが、顧客にとっても不動産事業者にとっても非常に負荷の大きいものだったと指摘する。従来の方法では、紙の申込書への記入、書類の郵送、電話での審査状況確認など、負担のかかる作業が多く残されていた。
この状況は、単に不便であるだけでなく、業務効率の低下や人為的ミスのリスク増大にもつながっていた。特に、銀行への進捗確認に時間がかかるという問題が大きかった。
不動産業界でのDXが困難を極めてきた背景には、複数の要因が絡み合っている。まず、業界の特性として、顧客、不動産事業者、金融機関、行政機関など、多様なステークホルダーが関与し、それぞれが独自のシステムや慣行を持っている。これらの異なるシステム間での情報連携が容易ではなく、結果として紙の書類や対面でのやりとりが長く残存することとなった。実際のところ、紙で受け取った内容をオペレーターが自社のシステムに手入力しているというのが業界の現状だ。
また、不動産取引に関わる法的要件や規制が複雑で、デジタル化への対応が追い付いていない面もある。例えば、本人確認や契約書への押印など、従来は対面で行うことが前提とされてきた手続きも多い。
さらに、住宅購入という人生で最も大きな買い物の一つであるため、顧客側にも従来の対面・紙ベースのプロセスへの信頼が根強く残っている。この心理的な壁も、業界全体のDXを遅らせる一因となっていた。
加えて、大手デベロッパーや金融機関は既存のシステムに多額の投資を行っており、新しいデジタルプラットフォームへの移行には多大なコストとリスクが伴う。
こうした複合的な要因により、不動産業界は他の産業に比べてデジタル化が遅れていた。しかし、寺田氏は、これらの課題こそが新たな成長の機会になると考えたという。
不動産DXを進めるための解決策として、同行が5月に投入したのが「かんたん住宅ローン」だ。このサービスは、顧客、不動産事業者、銀行の3者をオンラインでつなぐデジタルプラットフォームだ。
「当社はネット銀行なので、当然ながらオンラインでの手続きは可能だった。しかし、それだけでは業界全体の課題解決にはならない」と寺田氏。同行が目指したのは、住宅ローン手続きに関わる全てのステークホルダーをデジタルでつなぐ、新しい仕組みの構築だった。
開発には約3年の歳月を要した。単にオンライン化するだけでなく、銀行の基幹系システムとの連携や、不動産事業者のニーズへの対応など、多くの課題を解決する必要があったという。
具体的には、次の3つの機能が柱となっている。
みんなで協力:手続きは「やることリスト」に沿って進めるだけだ。顧客だけでなく、不動産事業者も進捗状況を把握でき、適切なタイミングでフォローできる。例えば、物件関係書類は不動産事業者がアップロードするなど、役割分担も可能だ。さらに、ペアローンのパートナーや連帯保証人と一緒に手続きを進められる機能も備えている。
みんなで把握:リアルタイムで進捗状況をチェックできる。審査結果や不備の連絡などをプッシュ通知やメールでお知らせする。これにより、従来のような電話でのやりとりが大幅に削減された。
みんなでコミュニケーション:プラットフォーム内にメッセージ機能を実装。申込情報の入力や必要書類の準備など、不明点があればその場で質問できる。
これらの機能により、従来は分断されていた各ステークホルダー間のコミュニケーションが一元化された。寺田氏は、例えば銀行への進捗確認に時間がかかるといった問題が解消されると強調する。
利用方法も柔軟だ。寺田氏によれば、スマートフォンのアプリからもブラウザからも利用でき、外出中にスマートフォンから入力した続きを自宅のPCから入力することもできるという。
寺田氏は、このサービスを通じて、申し込みから実行までの時間を従来の半分程度に短縮することを目指しているという。効率性と利便性を飛躍的に向上させ、業界全体の生産性向上に貢献することが、同行の次の成長戦略であり、同時に社会的な役割でもあると考えている。
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