巨大プロジェクトは「99.5%が大失敗」――なぜ? オックスフォード教授の見解(2/2 ページ)

» 2024年10月01日 07時30分 公開
[ベント・フリウビヤサンマーク出版]
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「予算超過、期間延長、便益過小」のくり返し

 あまりにも明確なこのパターンを、私は「メガプロジェクトの鉄則」と名付けた──予算超過、工期遅延、便益過小のくり返し、である。

 メガプロジェクトの鉄則は、ニュートン力学の法則のような、同じ原因が同じ結果を生むという意味での「法則」ではない。私が研究するのは人間だ。社会科学でいう「法則」は、確率的な法則である(自然科学にも確率的な法則はあるが、アイザック・ニュートンはあまり関心を払わなかった)。大型プロジェクトが予算と工期をオーバーし、便益が期待を下回る確率は非常に高く、その信頼性は高い。

 258件のプロジェクトから始まったデータベースは、今では南極を除く全大陸136カ国の20種超の計1万6000件を超えるプロジェクトを収録し、その数は今も増え続けている。

 あとで紹介するように、最近のデータには、小さいが重要な新傾向が見られるが、大まかな構図は変わらない。予算内・工期内に完了するプロジェクトは、全体の8.5%にすぎない。予算・工期・便益の3点ともクリアするプロジェクトは、わずか0.5%だ。

 言い換えれば、91.5%のプロジェクトが、予算か工期、またはその両方をオーバーする。そして99.5%のプロジェクトが、予算超過か工期遅延、便益過小、またはそれらの組み合わせに終わる。約束通りに実現するプロジェクトは当たり前か、せめて一般的であってほしい。だがそうなるプロジェクトはほとんどない。

 メガプロジェクトの鉄則を図で表すと、次のようになる。

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 そして、予算、工期、便益の3拍子そろった0.5%のプロジェクトは、この図では肉眼でほとんど見えない。この実績のひどさはいくら強調しても足りないほどだ。

 大型プロジェクトを検討している人にとって、これは憂慮すべき問題である。だが、これらの数字は陰鬱とはいえ、全貌を伝えてはいない──実態はこれよりはるかにひどいのだ。

「計画にゆとりを持たせる」の暗愚

 私の経験から言うと、ほとんどの人が、予算と工期の超過が一般的だということは知っている。だがそれが「どれだけ一般的なのか」は知らず、私の数字を見てショックを受ける。

 とはいえ、大型プロジェクトの運営では、超過(とくにコスト超過)を考慮に入れて対策を講じなくてはならないことは、ほとんどの人が間違いなく知っている。よくある対策は、予算に「ゆとり」を持たせることだ。必要にならないことを願いながらも、万一に備える。そのゆとりはどれくらい取ればよいのだろう? 典型的には10%から15%の予備費が計上されることが多い。

 例えば、あなたがとくに用心深い人だとしよう。あなたは大型ビルの建設を計画し、20%の予備費を計上して、不測の事態に対応できるつもりでいる。だがその後あなたは私の研究を読んで、ビル建設プロジェクトのコスト超過率が平均62%であることを知った。

 これは心臓が止まるような、下手するとプロジェクト自体が止まってしまうような数字だ。さいわいあなたのスポンサーは、このリスクに応じた予備費の計上を了承し、プロジェクトにゴーサインを出した。今や予算には、62%もの予備費が組み込まれた。現実世界ではそんなことはほぼ許されないが、あなたは数少ない幸運な1人だ。

 では、これで安心と言えるだろうか? 答えはノーだ。実際、これでもまだリスクを大幅に過小評価している。

 なぜならあなたは、コストが予算を超過するとしても、超過率はせいぜい平均の62%程度だと仮定しているからだ。なぜそう仮定したのか? 

 コスト超過率が、よくある釣り鐘型ベルカーブの「正規分布」に従うのであれば、この仮定は正しい。サンプリングや平均、標準偏差、大数の法則といった統計学的手法の多くは、正規分布を前提としている。正規分布の考え方は文化や人々の意識にまで浸透し、私たちはこれをもとに直感的にリスクを把握する。正規分布では数値の大半が中央に集中し、「裾(テール)」と呼ばれる分布の両端には、極端な外れ値はほとんどまたはまったく存在しない。こうした分布は「裾の薄い(シンテール)」分布と呼ばれる。

 一例として、人間の身長は正規分布に従う。住んでいる場所にもよるが、ほとんどの成人男性の身長は175センチ近辺に集中し、世界一背が高い人でもその1.6倍程度でしかない。

 だが正規分布は唯一の確率分布ではないし、最も一般的な分布ですらない。だからその意味では「正規」ではない。確率分布には、極端な外れ値がずっと多く裾の厚い、「ファットテール」と呼ばれるものもある。

著者プロフィール:ベント・フリウビヤ Bent Flyvbjerg

経済地理学者。オックスフォード大学第一BT教授・学科長、コペンハーゲンIT大学ヴィルム・カン・ラスムセン教授・学科長。「メガプロジェクトにおける世界の第一人者」(KPMGによる)であり、同分野において最も引用されている研究者である。『メガプロジェクトとリスク』などの著書、『オックスフォード・メガプロジェクトマネジメント・ハンドブック』などの編著多数(いずれも未邦訳)。ネイチャー、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、CNNほか多数の著名学術誌や有力メディアに頻繁に取り上げられている。これまで100件以上のメガプロジェクトのコンサルティングを行い、各国政府やフォーチュン500企業のアドバイザーを務めている。数々の賞や栄誉を受け、デンマーク女王からナイトの称号を授けられた。


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