最近やたらと気になるネット広告がある。中国語で展開されるショートドラマで、イケメンな若者が、義家族や知り合いたちから侮辱されるという内容だ。私の関心をアルゴリズム側も知ってか、YouTubeショートやInstagram、Facebookに至るまで、私が利用するほとんどのSNSの広告に頻繁に現れる。
このネット広告は「DramaBox」と呼ばれる中国のショートドラマアプリのもので、中でも先述した作品『辰年!故郷への華麗なる帰還』の一部が切り抜かれてプロモーションとして使用されているようだ。
当ドラマは、林安という若者が大企業の会長という身分を隠して、妻の実家へ正月の挨拶に訪れるところから始まる。義家族や知人は林安を貧乏人だと思っているため、馬鹿にしたり侮辱したりするわけだが、正に『水戸黄門』のように最終的に林安の身分が分かり、侮辱してきた人たちの鼻柱を折っていく、といったスカッとする内容となっている。
全89話と話数は多いものの、ショートドラマであるがゆえに起承転結が分かりやすく、テンポもいい。
この広告の厄介なところは、SNSを跨いでドラマの続きを「見せてくれる」ことにある。例えば、Facebookでは50話付近のエピソードを切り抜いて広告し、Instagramでは55話付近、YouTubeでは60話付近といったように、SNSを日常で使っている中で自然と他で見たエピソードの続きを、他のSNSで目にする機会があるのだ。
そして、いつも「起承転結」の結だけは広告に使用されてない。嫌でもこのドラマの続きが気になるし、広告が現れると「よっしゃ!」と食い入るように見てしまう。
この広告のコメント欄を見ると「やっと続きを見つけた!」「結末はどこで見られるの?」といったコメントが散見でき、他のユーザーたちもたまたま遭遇できるこのドラマの続きが気になっているのだな、といつも共感してしまう。
筆者自身は、気になるとは言えど、「DramaBox」のダウンロードにまでは至っていない。時々目にするという偶然性の範囲内で楽しんでいるわけだが、SNSを見ると、ドラマの続きが気になりすぎて実際にアプリをダウンロードする者も少なくはないようだ。
Dramaboxに限らず、ショートドラマ市場が存在感を増してきている。emole社が提供している1話3分のショートドラマ配信アプリ「BUMP」は、2022年12月末のアプリローンチから2024年5月の1年半足らずで累計100万ダウンロードを突破し、海外進出も果たしている。
ショートドラマは世界の市場規模でみると、2029年に566億ドル(8兆7000億円)に達する予測もあり、直近5年で急成長が見込まれている。BUMPもDramaBox同様にSNS上の作品の切り抜き動画が呼び水となっており、「作品の一部をどこかで一度は見たことがある」というSNSを使用していれば目に触れないようにするのは難しいコンテンツの1つとなっている。
このようなショートドラマアプリの台頭の背景には、縦型動画市場の成立とタイムパフォーマンスが影響していると考えられる。スマートフォンが登場した当時は当時はインターネットへアクセスする主な手段はPCだったが、「令和3年度情報通信白書」(PDF)によると、個人のスマートフォンの保有者の割合が、2018年には79.2%、2020年では86.8%と9割近くなっており、その市場変化に伴ってスマホと相性の良い縦型動画が普及していった。
TikTokが日本でサービスを開始したのは2017年10月、Instagramに「リール(Reels)」機能が追加されたのは2020年8月と、縦型の短尺動画のためのプラットフォームが整い始めたのもその頃の話だ。
わざわざ動画を視聴するためにスマホを横に持ち替える必要のないシームレスさや、興味のない動画をスクロールしたり、視聴が終われば回転ずしのように次から次へと動画が自動に再生されたりすることを、われわれ消費者が動画視聴の習慣として享受していったことで、生成される(ということは消費される)縦型動画の数が増加していった。
また、動画に限らず、われわれの身の回りの情報量は圧倒的に増加した。2020年、世界のデジタルデータの年間生成量は59ZB(ゼタバイト)を超え、2025年には180ZBに到達すると予想されている。私たちになじみ深いGB(ギガバイト)で換算すると「1ZB=1兆GB」となる。180ZBが途方もない数字であると分かるだろう。
昔よりも圧倒的に処理しなくてはいけない情報が増えているのだ。「1日24時間」は変わらないのに、消費者はYouTubeをはじめとした動画プラットフォームやサブスク、SNS、併せて従来のメディアであるテレビ、マンガ、ゲーム、雑誌、音楽も消費しなくてはならない。情報がありあまるなかで、時間的な制約が存在しているともいえる。言い換えれば、使えるリソース(お金や時間)は有限なのに消費したいモノに溢(あふ)れているのだ。
だからこそ、特にZ世代(1996〜2012年に生まれた層)においては、消費に失敗したくない、という意識や消費した気になれるモノを好む傾向がある。一時期問題となったファスト映画(映画の映像を無断で使用し、字幕やナレーションをつけて10分程度にまとめ、結末までのストーリーを明かす違法な動画)に需要があったのも、「見た気になれればいい」「見た状態になれればいい」というニーズを満たしていたからだ。
またファスト映画に限らずネタバレサイトや他人のレビューを参照するなど、内容を知ってからコンテンツを消費しようとするのも、「消化できる時間は有限だから、その時間を無駄にしてまで、消費したコンテンツから不快感やつまらないという感情を生みたくない」という消費を失敗したくないという価値観によるものであると筆者は考える。
コンテンツの消費を失敗したくない、時間を無駄にしたくないと思うからこそ、スーパーの試食のようにあらすじやハイライトだけを見て消費した気分になったり、ビュッフェのように好きな音楽のサビだけ、好きな動画のおいしい部分だけを消費したりするような仕方が好まれている。SHIBUYA109 lab.の「Z世代の映像コンテンツの楽しみ方に関する意識調査」によると、Z世代の9割がコスパを、8割以上がタイパを意識しているという。
なかでもタイパに関して、「Z世代の映像コンテンツ視聴姿勢」の項目を見ると、サブスクの映像コンテンツを見る際に81.3%が「ながら見」、51.5%が「スキップ」、48.6%が「倍速」、44.3%が「ネタバレ」をしているという。ざっくり言えば半数以上が効率よく(タイパを意識して)コンテンツを消費しているわけだ。
一方で、若者の中には映画などのコンテンツによって予期しない感情の起伏を得ることにストレスを感じる者もおり、そのようなコンテンツが生み出す「不確定さ」が、消費を躊躇(ちゅうちょ)させる要因になっているようだ。
だからこそ、事前情報を浴びるように消費する。自分の想像や思い描いた内容に近いほど感情が揺さぶられない(ストレスが少ない)ため、求めている水準(内容=満足)を得られているかを本編と自身の想像(理想)とをなぞりながら答え合わせするかのように視聴することが結果的に消費の失敗に対するリスク回避にもつながるわけだ。
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