ミステリーやサスペンスを観る際、私たちは登場人物と共に謎を追いかけ、手掛かりをつなぎ合わせながら真相に迫っていきます。その過程では、犯人が誰なのか、次に何が起きるのかといったハラハラする展開が続きます。しかし、最終的には全ての伏線が回収され、真相が明らかになり、「そういうことだったのか」と納得する瞬間が訪れます。その瞬間に得られる、心地良い「解放感」こそが、ミステリーやサスペンスの魅力の一つではないでしょうか。
この解放感には、カタルシス効果と呼ばれる心理的現象が関与しています。カタルシスとは、溜め込んだ感情や緊張が一気に解放され、心が軽くなる感覚を指します。ミステリーやサスペンスのストーリーは、この緊張と解放のバランスを巧妙に設計しており、物語を追いながら感情の起伏を体験することで、最終的に心地よさを得るのです。
さらに興味深いのは、この解放感が物語の中だけにとどまらない可能性がある点です。サスペンスドラマを観て、犯人を推理しながら物語に没入し、最後に全てが解決すると、日常生活とは異なる世界の話であるにもかかわらず「スッキリした」と感じたことがある方も多いのではないでしょうか。サスペンスやミステリーの結末でスッキリ感を得ると、人はまるでリセットボタンが押されたかのように、仕事や家庭で抱える問題から一時的に解放されたように感じるのです。
ミステリーやサスペンスの持つスッキリとした解放感は、ストレスフルな現代社会において人々の心を軽くし、前向きな気持ちを生み出す「癒し」や「リフレッシュ」の役割を果たし、それが翌日への活力を生む手助けとなっているのかもしれません。
ミステリーやサスペンスの魅力をもう一つ語るとすると、視聴者が「非日常」を体験できる点にあります。物語の舞台は日常に近いものの、進行する状況や展開は、普段の生活では決して経験できないような緊迫感に包まれています。物語を通じて安全にこの緊迫感を味わえることは、このジャンルならではの特権です。謎を解く主人公に自分を重ね合わせ、事件の背後に隠された真実を解き明かしたり、非日常の中での自分の可能性を想像したり、自分ならどんな選択肢を取るのかを考えたりしながら物語を追いかけます。
その中で、時には犯人や被害者の立場になり「善悪」を問われる瞬間もあります。もし自分がその状況に置かれたら、どうするだろうか? という道徳的葛藤に直面することもあるでしょう。しかし、この葛藤が物語に没入させる要素の一つでもあり、実際には結論を出す必要もありません。物語の世界だからこそ、観客は翌日には忘れて日常に戻ることができる手軽さも持ち合わせています。
さらに「非日常の体験」が魅力的であることの一例として、『古畑任三郎』シリーズを挙げてみましょう。このシリーズは、冒頭で犯行シーンを見せるというユニークな構成が取り入れられていたのが特徴的でした。
すなわち、犯人が誰であるか、その犯行がどう行われたかは、視聴者は最初から分かっているわけです。にもかかわらず、多くの視聴者が引き込まれる人気シリーズとなっていました。その魅力のカギは、主人公 古畑任三郎の問題解決の過程にあります。
古畑が、おっちょこちょいの巡査・今泉くんを使って犯人をどのように追い詰め、どんな手段で真相にたどり着くのか。それを追体験することが、視聴者にとって非常に魅力的なのです。古畑の着眼点や、犯人にどのような「カマ」をかけて真相をあぶりだすのかという視点がこの過程のおもしろさでもあります。
そして、犯人の視点に立つと「もしかしたらバレてしまうかもしれない」という緊張感に包まれます。視聴者は冒頭で犯人が分かっているだけに、犯人の立場に立ちやすく、古畑に追い詰められることによって感じるハラハラ感は、まるでその場で古畑と対峙しているような「追体験」として、人々を魅了させたのでしょう。
日常はサスペンスやミステリーのような刺激的な展開こそないものの、解決を迫られる課題に追われることは、じわじわと心を消耗させるものです。緊張感や不安感を、解決が約束されたエンターテインメントに委ねられるのは、ある意味、幸せなことかもしれません。そんな穏やかな日常が続くことに感謝すべきでしょう。なぜなら次の瞬間、あなた自身に何が起きるかは、誰にも予測できないのですから。
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