総合化学メーカーとしてマテリアル、住宅、ヘルスケアと3つの領域で事業を展開している旭化成は、2016年からグループ全体でDXを推進してきた。ビジネス変革、経営の高度化、デジタル基盤強化といった経営革新を、DXによって実現。全従業員4万人のデジタル人材化も進めてきた。
旭化成は経済産業省と東京証券取引所、情報処理推進機構が共同で実施するデジタルトランスフォーメーション銘柄(以下、DX銘柄)に2024年まで4年連続で選定され、DXを実現した国内企業のトップランナーといえる存在になっている。実現できた理由を、上席執行役員兼デジタル共創本部長の原田典明氏に聞いた。
原田典明(はらだ・のりあき)旭化成 上席執行役員兼デジタル共創本部本部長。1988年九州工業大学卒業(専攻は情報工学)、同年旭化成工業(現・旭化成)入社。入社後は画像センシングシステム開発、Y2K(2000年問題)対応として旭化成のERP導入プロジェクトでSAP、R/3生産管理モジュール構築を担当。その後、工場MES、生産管理システム、計画最適化システムなどの開発および導入に参画。2018年に生産技術本部にデジタルイノベーションセンターを発足し、同センター長に就任。2021年に全社組織であるデジタル共創本部発足に伴い、生産だけでなく営業・マーケ領域のDX、新規事業創出や経営DXの責任者も務め、2024年4月から現職旭化成が本格的にDXを始めたのは2016年頃からだった。2018年から2020年まで「デジタル導入期」として各部門でDXの基礎を固め、2022年までの2年間は「デジタル展開期」として、グループ横断組織「デジタル共創本部」を設置するなど、全社でDX推進を加速してきた。さらに2024年までの2年間を「デジタル創造期」と位置付け、ビジネス変革、経営の高度化、デジタル基盤強化の3本の柱でDXによる経営革新を実現。全従業員4万人のデジタル人材化を進め、2024年以降は「デジタルノーマル期」に移行している。
2年ごとに次のフェーズに移行してきたのは、デジタル変革を実現する攻めのロードマップを策定し、計画通りに進めてきたからだ。DX戦略を描いたきっかけの一つは、欧米の競合の状況を見て覚えた危機感からだったと原田氏は振り返る。
「2016年当時、米国の企業では研究開発の分野でマテリアルズ・インフォマティクス(MI)がすでに導入されていました。MIは情報科学やAIを活用して、新素材の開発を効率化する方法です。当時はまだどんなものかも分からなかったのですが、米国では大学の研究室のようなところで次々と新たな素材が開発されていました。もしも最終製品メーカーなどがMIの技術で新素材を作れるようになり、当社の開発力を上回ってしまうと、私たちは下請け的な製造業になってしまう恐れがあります。『デジタルをやらなければまずい』という危機感があり、トップの強い意思もあって、すぐにMIの導入に取り組みました」
きっかけのもう一つは、日本の人口減少だった。旭化成は国内に多くの製造拠点を抱えている。これまでは熟練オペレーターの力に頼ってきたものの、従業員の新陳代謝とともに日本の労働人口が減ることによって、将来的には工場を動かせなくなる懸念があった。
それまでも旭化成の各現場では、デジタル化を地道に進めてはいた。原田氏はERP(統合基幹業務システム)を旭化成で最初に導入するプロジェクトに参画した経験があったほか、2016年当時は子会社の事業部長として、DXの必要性を感じていた。そこで原田氏は、全社で工場のデジタル変革を進めるための組織を本社に提言する。
「国内の工場を動かし続けていくためには、AIやIoTなどの先進的な技術を入れていく必要があると考えました。ただ現場だけで、少ない予算で進めていては限界があります。そこで、全社で工場のスマート化を進める組織が必要だと本社に提言して、2018年に生産技術本部にデジタルイノベーションセンターを作ってもらいました」
DXの推進について、デジタル導入期(2018年〜)、デジタル展開期(2020年〜)、デジタル創造期(2022年〜)、デジタルノーマル期(2024年〜)の4つのフェーズにおける取り組み内容を示したロードマップを作成(旭化成のWebサイトより)デジタルイノベーションセンターのセンター長には、原田氏自身が就任した。センターでは少人数のプロジェクトチームが工場などの現場に入って、生産性を改善することから始めた。最初に取り組んだのは住宅の部材を作っている工場。その具体的な手法は次のようなものだった。
「まずは従業員のヘルメットにセンサーをつけて、動線の解析から始めました。どのような作業をどういうタイミングで実行しているのかなどを分析して、順番の入れ替えや、まとめてできる作業などを、エンジニアリング部門の私たちと、工場のスタッフで毎週顔を突き合わせながら議論しました」
電動ドライバーで部材を留めてその後に検査していたのを、ねじりの強さを表すトルクを検出できるドライバーに変えて検査を不要にする。メジャーで計測してからメモをしていたのを、計測内容が自動的に記録される電子メジャーを使うことでメモを不要にする。こうした小さな改善と、オペレーターの行動を効率化することによって、約1年かけて生産性が30%ほど向上した。
DXが実現できた部署では、開発期間の短縮や品質の向上のほか、設備が滞りなく動くようになるなど、さまざまな手応えを感じた。この成果を社内で発表することによって、DXのプロジェクトは多くの現場に広がった。デジタルイノベーションセンターも最初は数人の組織だったが、2020年には約30人に増員した。成功した鍵は、DXの担当者が現場に入ることだったと原田氏は感じている。
「デジタルを推進する人間は、オンラインだけでも仕事はできるものの、PCの前にだけ座っていても駄目だと思っています。製造系であれば、工場に入っていって音だとか、匂いだとか、暑さだとか現場の状況を感じて、手触り感を経験することによってはじめて、現場目線でDXを進められるのではないでしょうか」
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