旭化成のDXは、2020年の「デジタル展開期」に入って加速する。加速した要因が、同年7月に日本IBMでCTO(最高技術責任者)を務めていた久世和資氏が入社したことだった。久世氏は現在、取締役兼副社長執行役員の職にある。
翌2021年4月にデジタル共創本部を設立。DXの部門を1つの組織にまとめて、グループ横断的なDXの取り組みを可能にした。5月に「デジタルの力で境界を越えてつながり、“すこやかなくらし”と“笑顔のあふれる地球の未来”を共に創ります」と掲げた「DX Vision 2030」を策定し、グループで目指すDXの姿を明確にした。
その際に重要だったのが、デジタル人材の育成だ。旭化成では2018年頃から化学・材料研究者を対象にしたMI教育や、生産製造の技術者を対象にデータ分析教育を開始。2021年には全従業員約4万人を対象にした「デジタル活用人材」の育成と、現場で高度なDXを推進する「デジタルプロ人材」2500人の育成を掲げた。
デジタル人材育成のために導入されたのが、「旭化成DXオープンバッジ」だった。これはITやデジタルイノベーション領域をeラーニングで学べるコンテンツやOJTでの技術取得を、レベル1からレベル5までの5段階で提供するもの。レベル1と2はデジタル入門人材、レベル3はデジタル活用人材、レベル4と5はデジタルプロ人材としてのスキルが学べる。原田氏は、オープンバッジを開発した経緯にも久世氏が関わっていると明かした。
「オープンバッジはIBMが実施していたもので、スキルを可視化するのに優れたツールでした。久世が入社したことで旭化成流のオープンバッジを作ろうということになり、従業員がアイデアを出し合いコンテンツを作成していきました」
「レベル1と2は全従業員の必須科目です。レベル3は市販のテキストレベルで、研究開発分野ではMIの実践やPythonの習得、ビジネス・デザイン分野ではデジタルマーケティングやデザイン思考などを学びます。レベル3までは自己研鑽としてできるだけ多くの従業員に学んでもらいました」
「学びが進んだ要因には、会長と社長が率先して、レベル3まで修了したことも挙げられます。トップが自ら実践して『オープンバッジは旭化成のデジタル化を後押しするためのナッジ』だとメッセージを出したことで、社員に理解が広がりました」
デジタル共創本部による全社横断的なDXと、デジタル人材の育成は、旭化成の経営そのものに大きな効果をもたらしている。2022年度からの3カ年中期計画において3つの大きな目標を掲げていた。グローバルでのデジタルプロ人材を2021年度の250人から10倍の2500人にすること。デジタルデータの活用量を2021年度から10倍にすること。そして、重点テーマについて3年間で合計100億円の増益に貢献すること。この3つの目標はいずれも達成される見込みだ。しかも、増益貢献は100億円にとどまらないと原田氏は話す。
「デジタル共創本部が管理しているテーマだけで、100億円の増益を実現できる見込みです。それだけではなく、生産系や研究開発系の現場にいるデジタルプロ人材が自ら取り組みを進めて、品質向上や新製品を生み出す活動を進めることで、全てを合わせると100億円を大きく上回る増益を実現できる予定です。以前は仕事をやり切って『楽しい』と思うところで終わっていたものの、今では会社に利益をもたらすことを意識して仕事をするようになったことが、DXによる大きな変化だと思います」
旭化成ではグループ内外で発生するデータを、高品質に、セキュアに、誰もが素早く活用できるデータマネジメント基盤の「DEEP」を構築し、2022年4月から本稼働している。全社共通のプラットフォームとして、各部門の売り上げや利益だけでなく、工場の在庫状況なども一目で分かる。これまでは計算が大変だった、各工程から排出された温室効果ガスを二酸化炭素に換算して表示するカーボンフットプリントを、システムで「見える化」できるようになった。「DEEP」によって今後、社内はもちろん、社外も含めたデータの活用を進めていく考えだ。
また、生成AIについても、ChatGPTが登場した時から積極的に活用している。原田氏は生成AIの可能性について、こう期待を口にした。
「ChatGPTが登場した時、人間が文章を入れるとその内容を理解して答えを出してくれるのには驚きました。ただ、活用事例は翻訳や要約、過去のデータから何らかの形を作るというものでした。それが、OpenAIの『o1』になると、生成AI自体が思考を持つようになっています」
「今はAIに人間の仕事をやらせていますが、人間よりも賢くなるわけですから、人間ができなかったことを優先してやらせないともったいないですよね。だから私たちも、到達できなかったことをAIで挑戦したい。そのひとつが最適化です。いかに工場を最適に運用するか。需要予測から最適な価格を導き出すか。これまでベテランのオペレーターでもできなかったことが、もうすぐできるようになると思っています」
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