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三井住友FGも「脱・脱炭素」 日本でも広まるのか──その“本当の背景”は古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

» 2025年03月07日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 米国を中心に始まった「脱・脱炭素」に、日本企業も追従する流れが生まれるか。

 メガバンクの一角である三井住友フィナンシャルグループ(FG)が、国際的な「脱炭素」の枠組みから離脱する方針を固めた。

 近年加速してきたはずのESG(環境・社会・企業統治)投資であったが、世界各地で進むインフレやエネルギー危機を背景に、脱炭素を巡って多くの企業が再考を迫られている。この動きは日本企業にも広まっていくのか。

脱炭素「離脱ラッシュ」……その“本当の背景”

 三井住友FGによる脱炭素連合からの離脱は、一見すると脱炭素の流れに逆行するように映る。しかし、その根底には「化石燃料を一気に排除するのではなく、移行期間を設けて現実的な排出削減を進める」という考え方がある。世界各国でインフレやエネルギー危機が進行する中、経済と環境のバランスをどう取るのか。

 金融業界だけでなく、産業界や政策当局にも突きつけられる大きな課題だ。

photo 「脱・脱炭素」の流れが日本にも?(提供:ゲッティイメージズ)

 三井住友FGが抜けるとみられる枠組みは「Net-Zero Banking Alliance」(NZBA)など、金融機関が自らの投融資先で発生する温室効果ガスを2050年までに実質ゼロにすることを目標とする国連主導のイニシアチブだ。日本の三大メガバンクは過去数年、地球温暖化対策の一環として欧米金融機関に追随するかのごとく参加を表明していた。

 しかし米国では、化石燃料産業が盛んな州が、銀行から融資を受けにくくなることは差別的であるとして強く反発している事例もある。とりわけ石油・ガスの生産で知られるテキサス州などは、ESG投資が産業を排除し得るという立場を取っている。

 また、現実問題として私たちも石油やガス製品を使用しなければ生活は成り立たない。そうであるにもかかわらず、供給者のみを狙い撃ちにするような融資の制限は欺瞞(まん)的であるとする意見もあった。

厳格な規定が生むジレンマ

 NZBAなどの枠組みに加盟すると、石炭火力発電や石油・ガス関連企業への新規融資に制約がかかる場合が多い。一部のNGOなどは「温室効果ガス排出量の大きい企業に資金を流さないようにする有効な手段」と評価している一方、金融機関側の「資金需要の大きなエネルギー産業に融資できなければ、収益性は悪化する」というホンネも見え隠れする。

 実際、製造業や運輸業、さらには発電関連など多くの分野で化石燃料は依然として重要なエネルギー源だ。再生可能エネルギーの導入は世界規模で進んでいるが、その普及には長期間の投資とインフラ整備が不可欠である。

 グリーン水素やバイオマス、CCUS(炭素回収・貯留技術)などの先端技術を実用化するにも、現時点では化石燃料と比較して相当割高なコスト負担が伴う。

トランプ政権の誕生、ESG“一辺倒”の終わり?

 ESG投資は、企業が持続可能なビジネスを行うか否かを測る尺度として広まった。しかし、近年は世界的なインフレとエネルギー不足を背景に、化石燃料の全面否定がかえって社会を不安定にするとの懸念が表面化している。欧州連合(EU)は引き続き厳しい排出規制を維持しているが、米国の一部や新興国などでは「脱炭素を一気に進められない」という現実を受けた緩和的な取り組みが目立つ。

 トランプ政権が誕生して以来、紙ストローの廃止や米大手企業の多様性目標(DEI)廃止が相次いでいる。バイデン政権下で進んできた「プラ原料の抑制」や「多様性の尊重」といった理念は間違っていたというわけではないものの、政権の移行が終了して米大手企業が方針を急転換するということは、現実問題として一定の不和やゆがみが生じていたのではないかとも考えられる。

 三井住友FGの離脱を受けて、日本における他のメガバンクや地域金融機関も「金融機関として産業を支えつつ現実路線を取るべきか」という判断を迫られる可能性がある。すでにゴールドマン・サックス、ウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、モルガン・スタンレーなどもNZBAからの離脱を表明し、政治的リスクの高い州や国との関係を考慮しながら、脱炭素目標の具体的実行計画を見直す検討に入っている。

 脱炭素連合離脱の動きは、今後も国内外の大手金融機関で広がりを見せてくると考えられる。その動きに対して、「脱炭素連合からの離脱は、金融セクターの気候変動対策に後ろ向きな姿勢を示すものだ」という批判意見も散見される。

 しかし、基本的な持続可能性を根本から放棄すると見るのは行き過ぎだ。「より現実的な道筋」を探索するスタンスに戻すものと捉えて良いだろう。

 ESG投資は、企業価値向上の観点からも一定の効果が認められてきたが、過度な目標設定で産業競争力をそぐリスクがあるため、今後は「環境と経済の両立をどうやって実現するか」という実務的な課題がより重視されそうだ。国際的な基準の整合性を取るには時間がかかるとみられ、地域ごとに異なるルールや政治背景が、金融機関の戦略に影響を及ぼす状況は当面続くとみられる。

 ESGに関しては、これまで「環境第一」の掛け声が先行する面が強かった。しかし近年、地域や産業構造に合わせた柔軟な解決策の模索が重要視されつつある。

 今回の三井住友FGの判断は、日本が国際的な炭素ゼロの枠組みと自国産業支援のはざまで揺れ動く中で、金融機関の行動原理がどう変容していくのかを象徴的に示す例となるだろう。日本企業が今後も国際競争力を維持し、持続的な成長を実現するためにも、環境負荷を抑えながら効率的なエネルギー転換を支援する金融の在り方が一段と問われている。

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