それでは、イシューかどうかを判断するトレーニングをしてみましょう。次の5つの課題はイシューでしょうか? 具体的に検証していきましょう。
地震を予知することは、現在の科学技術では残念ながらできません。従って、これはイシューではありません。
念のための確認として、(2)解いた結果のインパクトが大きいか? の視点で考えると、仮に地震が予知できて、十分な避難や直前の被害軽減策を実施できれば、地震被害を大きく減らすことが可能となるでしょうから、この結果のインパクトはとても大きいです。とはいえ、解けないこの課題は、イシューではありませんので、あなたは時間と労力、資金を投入して取り組むことを避けましょう。
ただし、誤解を避けるために補足すると、地震予知は、現代の科学技術をさらにその先へと進める、学術的にとても重要なテーマです。従って、研究者の方々にとっては取り組むべきテーマです。
まず、(1)解き得るか? という視点では、地震が発生した後の被害を軽減することは可能です。厳密に言うと、判断基準となる「目標とする軽減のレベル・程度」(例えば、死傷者◯◯◯人以内、ライフラインが14日以内に復旧するなど)まで明示しないと、「目標とする軽減のレベルを実現するよう解き得るか?」について判断はつきません。とはいえ、ここでは、目標とする軽減のレベル・程度の設定次第で可能となることから、解き得ると判断しましょう。
次に、(2)解いた結果のインパクトが大きいか。地震被害が少なからず軽減された時、その結果のインパクトはとても大きいと期待されます。
実はこの判断も、「目標とする軽減のレベル・程度」が明示されていないので、厳密には解いた結果のインパクトが大きいとは言い切れません。しかし、一般論として、死傷者数が大きく抑制された、あるいは、ライフライン復旧までの期間が短くなったなど、誰の目にも明らかなレベルまで被害が軽減されたならば、その結果のインパクトは大きいと言えます。
従って、この課題はイシューと判断されます。
まず、(1)解き得るか。社員食堂で提供される食事をおいしく改善することはもちろん可能です。厨房の責任者・料理人へ改善を促す、改善のインセンティブ・評価を明確化する、食材のコストアップを容認する、責任者や料理人を交代させる──など、さまざまな改善策が具体的にイメージできます。
次に、(2)解いた結果のインパクトが大きいか。これは、当事者の立場と背景によって判断が分かれます。
まず、この社員食堂の運営を受託している食堂受託企業が当事者である場合、この課題を解かないまま放置した場合と解いて改善した場合の差は、契約解除か継続かという大きな差につながるでしょう。従って、食堂受託企業にとって、この課題はイシューと判断されます。
他方、この社員食堂を利用する社員を雇用している企業が当事者であれば、その判断は分かれます。この企業が置かれている背景として、社員食堂の食事の優劣がこの地域における有能従業員を獲得できる人数に強く影響を及ぼすような状況であれば、この社員食堂の食事をおいしく改善した結果のインパクトは大きいと期待できます。
実際に、周辺に食事の施設が乏しい工場などでは、働き先を選択する理由として、賃金以外の条件では、社員食堂のおいしさが大事な項目になっています。従って、この企業にとって、この課題はイシューと判断されます。
一方、この企業が置かれている背景が、近辺に多種多様な食堂が存在する、都心部のビルにあるオフィスで、社員食堂の利用率が低い状況であれば、この食堂の食事のおいしさ改善のインパクトはあまり期待できないでしょう。このような背景であれば、この企業にとって、この課題はイシューではありません。
従って、食堂受託企業が当事者の場合、あるいは、企業が有能な従業員を確保するために、食堂でおいしい食事を提供することが重要となる場合には、この課題はイシューと判断されます。
社会保障制度は、制度として変更可能ですので、解き得ます。決して簡単なことではなく、積年の難題ではありますが、解けないものではありません。
社会経済における雇用、生産活動、国民の健康、生活の安定、さらに治安維持などのためには、社会保障制度の継続が不可欠です。将来のある時点において社会保障制度が破綻して継続できなくなってしまう未来を避けることができれば、そのインパクトは絶大です。従って、この課題はイシューと判断されます。
税金の使途・配分を計画・執行しているのは、政治と行政ですので、もちろん解き得ます。
また、赤字国債を発行し続けている国家予算の状況では、税金の無駄遣いを是正するのはとても大事なことです。とはいえ、解いた結果のインパクトが大きいか、についてはもう少し精査が必要です。
この「税金の無駄遣いを是正する」という表現はとても曖昧(あいまい)で、税金の無駄遣いをどの程度削減するのか、判断がつきません。すなわち、数兆円の規模で税金の無駄遣いを是正するのか、あるいは、国全体で数百万円程度の無駄遣いを是正するのか、解いた結果について明確なイメージがありません。
「税金の無駄遣いを是正する」程度が数兆円規模であれば、解いた結果のインパクトは当然大きいと判断されますが、数百万円程度では、国家予算におけるインパクトは皆無です。従って、税金の無駄遣いを削減する金額の規模によって、この課題はイシューか否か、判断が分かれます。
それでは、どの程度の金額であれば、解いた結果のインパクトが大きいと判断されるのか、もう一歩進めて考えてみましょう。「税金の無駄遣いを削減した結果が何なのか?」を考えます。「無駄遣いを削減して、どれほど減税するのか?」あるいは、「無駄遣いを削減して、新産業育成へ資金投入し、10年後に数十兆円規模の新産業を創るのか?」「赤字国債の発行を止めるのか?」──。この他にも、多岐にわたる結果が考えられます。
これらの結果は、税金の無駄遣い削減を手段として捻出された資金を、何に投じて、どんな未来を実現させるのかという「そもそもの目的」に他なりません。この「そもそもの目的」が達成された時のインパクトが十分に大きいと判断されれば、税金の無駄遣い削減によって必要資金額を捻出するインパクトも大きいと判断されます。
すなわち、この「税金の無駄遣いを是正する」については、(1)解き得ます。そして、(2)解いた結果として「そもそもの目的」が達成された時のインパクトが大きいならば、この課題はイシューと判断されます。
余談ですが、課題4、課題5のように、難題として長年解かれずに放置されたまま先送りしている課題も、いつかは放置し続けることができなくなるときがくるでしょう。とても厳しいところまで追い込まれれば、本気で解決していかざるを得なくなります。しかし、追い込まれてから解くのでは、時間の制約、取り得る手段の制約も厳しくなって、より解きにくくなりがちです。
このような積年の超難題こそ、表面的な対症療法の上塗りで問題を先送りするのではなく、イシュー思考を進めて解いていくべき対象ではないでしょうか。
5つの課題例それぞれについて、具体的にイシューなのかどうかは「(1)解き得るか」「(2)解いた結果のインパクトが大きいか」、この2つの判断基準に照らすと、シンプルに区別されることを実感してもらえたと思います。
このように、まずは提起された課題がイシューなのか否かをシンプルに判断し、取り組むべき価値のある課題(=イシュー)に注力して、あなたの時間と労力、資金を無駄にすることなく有効に活用してください。
日本道路公団のエンジニアとして高速道路計画・建設に従事したのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてテクノロジー・製造業分野を担当してパートナー就任、グローバルマネジャートレーナーのメンバー兼東アジア地域マネジャートレーニングリーダーとなる。
その後、カーライルグループのアドバイザーとして投資先をサポートし、デジタル化の動きが本格化していくタイミングにてアクセンチュア戦略コンサルティングのマネジングディレクター就任。2017年に働くヒトの可能性を開花させることをミッションに、株式会社キャリアデベロップメント・アンド・クリエイションを起業。著書に『なるほどイシューからの使えるロジカルシンキング』(かんき出版)がある。
東京大学工学部土木工学科卒業、同大学院修了、スタンフォード大学MBA修了。
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