ユニクロの感動パンツ、感動ジャケットシリーズが、「ドライストレッチパンツ」(ウールライク)を2015年に発売してから、10周年を迎えた。感動シリーズという画期的な商品を生み出したのが、東レの高い技術力と、ユニクロとの協働だ。東レは創業以来、一貫して「社会への奉仕」を存立の基礎とし、「素材には社会を変える力がある」という企業メッセージを打ち出してきた。
東レとユニクロのパートナーシップは、フリースブームの際にポリエステルの繊維を東レが供給したのが始まりだ。その後もヒートテックや、エアリズム、ドライEX、ウルトラライトダウン、そして感動シリーズへと続いた。両社が2006年に戦略的パートナーシップを締結して、約20年がたつ。
東レにとって、感動シリーズを支えてきた歴史は、ユニクロが提案する「矛盾する要素」を、いかにして成立させるかという課題解決の歴史でもあった。それは丈夫で実用的でありながら、見た目もエレガントであるという相反する需要をクリアすることだ。
業界も文化も違う東レとユニクロが、どんなきっかけで戦略的パートナーシップを組むに至ったのか。その協働を成功させるために必要だったものとは。【ユニクロ「R&Dのトップ」に聞く 世界で勝ち抜くために続けること】では、ユニクロのR&Rの責任者にインタビューした。今回は感動シリーズ開発の舞台裏を、東レ側の事業責任者でもある東レ グローバルSCM事業部門長の石川元一氏に聞く。
――感動シリーズも今年で10年目を迎えます。この10年でアパレル業界の市場やトレンド、世の中が求めているものは、どう変わってきましたか?
今の世の中の流れとして、フォーマルなスーツよりもカジュアルなスーツ、手軽に着られるスーツの需要が増えています。しかし、その中でも「やっぱり合繊だよね」という諦めや妥協の声があるのも確かです。合繊のスーツやジャケットは、いろいろなメーカーから発売されていますが、合繊メーカーに勤める私が言うのもなんですが、見るからにテカテカして安っぽいものに見えます。スポーツのシーンでしたら全く問題ありませんが、冠婚葬祭などのフォーマルな場所では、合繊のスーツやパンツには抵抗感のある方が多いと思います。
そんな手頃さや手軽さに加えて、高品質なものを世の中は求めているように感じます。その世の中の流れをくみ取ったのがユニクロさんです。合繊の機能と、見た目のフォーマルさという相反するところを、最適化しようとしたのがユニクロさんでした。
ユニクロさんの要求は、シワや形崩れしないといった合繊特有の機能を維持しながら、いかにして天然素材、特にウールのような非常に優れた素材に見えるようにするかというものでした。この矛盾に満ちた要求を、どう解決していくのかが東レの課題だったわけです。もちろん合繊ですのでコットンそのものは実現できないのですが、見た目の合繊特有のぎらつき感を失くすことに注力しました。
東レは、高分子化学を背景にポリマーや原糸原綿の開発までやっている会社なので、そこから手をつけ、あらゆる高次加工工程で工夫し、着用して直してという何百通りという試作を繰り返し開発に挑みました。
――相反する課題を解決するための機能作りは大変だったと思います。こういった難題は、試作を続けていけば改良できるものなのでしょうか?
ここで使用される糸は、東レ独自の特殊な糸加工ですので、他社にまねはできません。恐らく世界的にもない技術だと思いますが、そのノウハウは、古くから繊維産業が盛んな北陸地方での匠の技術力を参考にしています。
日本で時間をかけて培われてきたこの技術力があったからこそ、実現できた糸だったと思っています。
――いくら高価なスーツやワイシャツを買っても、すぐ汚れたり、着れなくなったりします。ユニクロの服はほとんど傷まずに、長い間着ることができますよね。
そういう意味では、本当にサステナブルです。ユニクロさんは「そこまでやるか」というほど商品の品質管理や生産管理の基準を厳しく設けています。その基準をクリアできているからこそ、何年着てもヘタレない服ができるのだと思います。ヒートテックは、5年10年着ている人も結構いらっしゃいます。正直もっと多くの頻度で買ってもらえたらうれしいのですが、そういう品質の良さが、ユニクロ製品の支持につながっていると思います。
――ユニクロとは2006年に戦略的パートナーシップを両トップで契約されて約20年がたちますね。東レは、ユニクロ以外にもいろいろな企業とタッグを組んで開発してきました。東レにとってユニクロのパートナーとしての位置付けはどういったものですか?
(創業者の)柳井正さんは、当時の東レ社長の前田勝之助氏の「繊維は日本の中では成熟産業だが、発展途上国ではものすごい勢いで伸びている」という言葉を聞き、グローバルでみれば繊維はまだまだ成長産業であり、日本の繊維はグローバルで成長できるという思いに共感されたそうです。その言葉をきっかけに、東レに戦略的パートナーシップのお話を持ち掛けてきたと聞きます。
前田氏は、ユニクロの将来性、柳井さんの経営理念などに感銘を受け、ユニクロを全面的にサポートすることになり、ユニクロ専門部署ができました。
これが協働のスタートとなり、2006年に戦略的なパートナーシップが締結されました。これまでも何人かの東レ社員が、ユニクロさんに出向することにより、両社の関係はさらに強く、深いものになってきています。
実は私も4年間ユニクロさんに出向していました。そこで新しい商品開発をしてドライストレッチパンツが生まれました。それがのちの感動パンツになるのですが、それもあって私自身、感動パンツは本当に思い入れが強い商品の一つです。小売と素材メーカーということで、扱う物も文化も違う企業が、目先の数字にとらわれずに、将来に向けたあるべき姿が一致してバーティカルカンパニーとなったのです。
お客さまや世の中に対する課題解決と貢献という思いが、両社でバーティカルな物事を見いだしました。それがまさに戦略的パートナーシップだと思います。私の所属するグローバルSCM事業部門は、東レとユニクロさんとの戦略的パートナーシップのヘッドクォーターの部署として、東レの経営資源の全てを活用しながら、ユニクロさんと一緒に新たな価値を創造しています。
――今後はどういうものを作っていきたいですか?
感動パンツもそうですが、東レのミッションとしては、もっと今の機能をアップデートしていきたいです。新感動パンツもある程度、究極の域に来ていると思います。それでも、もっと軽く、もっと強く、もっとドライに。もっと質感も肌離れも、さまざまな矛盾を解決しながら、ウールや天然繊維を超越する商品作りにチャレンジしていきたいと思います。そして、ユニクロさんと一緒に、新しい価値を創出し、皆さんの生活をより豊かにしていくような商品づくりをしていきたいです。
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