1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
金融庁が検討を進める「こどもNISA」構想が波紋を広げている。
日本経済新聞の報道によれば、金融庁が未成年にも新NISA口座の開設を認める「こどもNISA制度」について提言したという。
また記事は、自民党「資産運用立国」議員連盟も同様の提言をしており、年間120万円までの「つみたて投資枠」に限って年齢制限を撤廃し、未成年も対象に加えるよう提言する予定だとも報じている。
一見すると、好ましい動きであるようだ。しかし、こどもNISAという仕組みには、過去のトラウマもつきまとう。
実は、こどもNISAのような制度は過去にも導入されたことがある。それが、2016年に始動してわずか7年後で廃止された「ジュニアNISA」だ。当初は子どもの口座で資産運用ができる画期的な仕組みとして歓迎されていたが、現実は厳しかった。
ジュニアNISAは制度開始当初から、硬直した設計による使い勝手の悪さに関する指摘が相次いでいた。
最大の制約は「18歳まで原則払い出し不可」という点にあった。教育資金や急な出費など、柔軟な用途に対応できないとして、親世代から批判が噴出していた。その結果、旧NISA制度下においてほとんど浸透しなかったのだ。
金融庁の発表によると、2022年のジュニアNISAの累計口座数は約95万程度であった。「一般NISA」や「つみたてNISA」が2000万超の口座数を誇っていた中、ジュニアNISAの存在感は終始かすんでいた。
問題は資金拘束という使いにくさの問題だけではない。制度本来の趣旨とは異なる“投機的な運用”が目立った点も見逃せない。
特に注目されたのは、親がジュニアNISA口座を利用して、レバレッジ型やインバース型といったボラティリティの高いETFや、低位株を対象とした投機的な売買が横行したことだ。
未成年名義の長期運用口座でありながら、日経平均の下落に賭けるような金融商品に子どものための大切な資金が投じられたという事実は、「一体誰のための制度なのか」を根本から問い直す契機となった。
また、裕福な家庭ほど余剰資金を子ども名義で投資に回せる一方、所得の低い家庭ではそもそも口座開設に至らない。格差助長に寄与したという指摘も見られた。
こうした背景もあってか、2024年に新NISAがスタートする際、政府・与党は未成年を制度対象から除外した。
そんな未成年のNISA制度だが、2025年になって再び「こどもNISA」として復活を狙う理由は何か。
それは、国家が掲げる「資産運用立国」実現のためには、若年層からの資産運用経験が避けられないという点が大きい。
しかし、制度の理念が立派でも、ジュニアNISAと同じ構造上の欠陥を放置したまま制度が設計されれば、同じ過ちを繰り返すだけだ。とりわけ「資金拘束」「名義と実際の運用者の乖離(かいり)」「税制が逆に格差を助長する」という指摘にどう対処するかが問われる。
この点について、こどもNISAはジュニアNISA時代の制度上の欠陥を意識しつつ提言されている点に注目したい。
こどもNISAはその制度を一種の少子化対策として位置付け、子どもが将来、進学や留学、万が一の事故といった場面で機動的に資金を活用できるよう、柔軟な払い出しを可能とする構想であるという。
また報道によれば、ハイリスクな銘柄にも投資可能な成長投資枠には投資できず、つみたて枠限定を想定している。
新NISA制度下ではレバレッジ投信のようなハイリスク投信は除外されているため、親が子どもの非課税口座でギャンブルに近い運用をすることはできなくなりそうだ。
ただし、未成年が自ら投資判断を下すことは現実的に難しく、親が実質的に運用を担う形となる点については、より深い制度設計が必要だろう。
新NISA制度におけるつみたて枠については、レバレッジ型の投信が除かれているとはいえ、指数自体のリスクがそもそも高い投信信託もいくつかある。
資金拘束が緩くなることで、この度の“トランプショック”のように、仮に大幅な株価下落局面で焦って親が売却してしまうケースも考えうる。大きな損失が出た場合、「教育資金の損失」という二重のリスクを背負うことになり生活に悪影響を及ぼす可能性がある。
こどもNISAにおいては通常の「つみたて枠」をそのまま代入するだけでは不十分だ。「どの層が使い、どの層が取り残されるのか」を見極めた上で、例えば「つみたて可能な投資信託をさらに厳選して、一国に集中した投信ではなく、より地理的・市場的分散の効いた投信に限って運用できる」といった具合にこどもNISAならではの制度を作っていくことが重要となってくるであろう。
投資信託に限定されるため、個別企業にはあまり影響はないかもしれないが、将来的には個別株にも投資する投資家層に厚みが出てくることが想定される。
「教育用途に使える優待」や「長期保有でQUOカード増額」など、親子のライフイベントと接続した還元制度を設計することで、中長期的に競争力を生む可能性がある。
またこうしたこどもNISA構想の再浮上は、単なる税制の話にとどまらず、日本社会における金融教育・資産形成の早期化という潮流の一端を示している。
企業にとっては、将来的な顧客層との新たな接点やサービス創出にもつながり得るだろう。
金融機関・証券会社はもちろん、教育関連や消費財メーカー、メディア企業なども、未成年向けの金融リテラシー支援や親子で楽しめる資産学習コンテンツの整備といった取り組みを検討する好機だ。
制度が実現するか否かにかかわらず、今後は投資が特別な行動ではなくなることを前提とした、長期的な顧客育成とブランド接点の構築が、企業戦略として求められる。
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