一方、退職代行の利用が増えることによる、労働者、企業の双方にとってのデメリットもある。モームリの発表によると、新入社員が誰に相談することもなく早々に退職した理由にはこんなケースがある。
「話を聞く際にうなずきの数や深さまで注意される」(美容関連・女性)
「入職前の研修があり、マナーやコミュニケーションなどの5時間ほどの研修で講師の方が脅しのような言葉、看護学生と社会人とは違うとの言葉があり、自信をなくしてしまった」(医療関連・男性)
「地下にある研修室で息苦しく『講義中は水分補給を禁止します』と言われた」(IT関連・男性)
冒頭の美容関連の女性は研修中にうなずきの数や深さを指導されたのだろう。本人は「不可解、理不尽」と感じたのかもしれないが、顧客相手の経験則から生まれた基礎的訓練だろう。実際の接客では相手に合わせてうなずくのが普通であり、そこまでマニュアル化しているとは思えない。
2番目の「看護学生と社会人とは違う」という講師の脅し口調は褒められたやり方ではない。だが、これから遭遇する医療の現場は、それ以上の罵詈雑言や理不尽な言葉を浴びる可能性もあり、それを踏まえた発言とみることもできる。
3番目の講義中の水分補給の禁止についても、学生時代にはあり得なかったかもしれない。しかし社会人として顧客先を訪問し、自ら持参したペットボトルを飲むのは非常識だ。そうしたマナー教育も含んでいるとすれば、それだけの理由で退職するのは安易だと思われても仕方がないだろう。
新入社員にとっては、長い就活期間中にやりたい仕事を探し続け、せっかく入った会社を研修中に辞める判断を下すのは、次の転職先や長い職業人生においてもリスクとなる。「不可解、理不尽」と感じても会社に退職を申し出た際に説明を受けられれば理解でき、退職を踏みとどまったかもしれない。
企業に及ぼす影響も大きい。退職代行を使った早期の退職が増えることになれば採用のコスパも悪化する。エン・ジャパンの調査によると、入社後3カ月で離職した場合のコスト損失は、1人当たりの採用経費が62.5万円、在籍費用が112.5万円、教育研修費が12.5万円。総コストは1人当たり187.5万円と試算している。入社しても早期に一定数が辞めることが恒常的になると、それを見込んで内定・採用数を増やすことになり、さらに採用コストが高まる。
コストだけではない。入社後のOJT(職場内教育)などの人材育成においても「どうせ辞めるのだから」と思われると、指導役の先輩や上司の教育もおろそかになる。新人が成長しないばかりか、ゆくゆくは職場の生産性にも影響を与えることになる。会社全体としても従来のように育成コストをかけることが非効率となれば、育成費用の減少にもつながりかねない。退職代行の増加をきっかけに、企業は採用活動におけるミスマッチの解消や、人材の採用と定着策の再考を求められている。
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