バフェット氏退任に見る「“神様”が会社を去るとき」 ソフトバンク・日本電産はどうなる?古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

» 2025年05月09日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 世界中の投資家が「その日」を覚悟していたが、市場はやはり動揺を隠せなかった。

 米著名投資家ウォーレン・バフェット氏が5月4日に開催されたバークシャー・ハサウェイの年次株主総会で、2025年末をもってCEOを退任すると表明した。発表直後の5日、ニューヨーク市場で同社の株価は一時7%超が下落し、時価総額にして約10兆円が吹き飛んだ。

 バークシャー社は、保険業務で得た巨額のキャッシュを、株式や企業買収に再投資していく形で長期的に高い収益を上げ続ける会社だ。

 ワンマン企業というわけではないが、「投資の神様」の異名を持つウォーレン・バフェット氏が会社の顔であり、彼の主催する株主総会に出席するためだけに株を買う投資家もいるほどだ。

 今回の退任表明に伴う株価急落は、市場が企業価値に上乗せしてきた「バフェット・プレミアム」の剥落を示す出来事だった。

しかし株価は下げ止まった──なぜ?

 しかし、バークシャー社の株価は翌日以降、落ち着きを取り戻し、下落幅を縮めた。市場は冷静さを取り戻し、バフェット氏退任後におけるバークシャー社の本質的な“強さ”に再び着目し始めたといえる。

photo 出典:Trading Vew

 同社の事業構造は、保険を筆頭に、鉄道やエネルギー、製造業や食品事業など、200近い子会社群を抱えるコングロマリットである。それぞれが独立した経営を行い、収益を継続的に生み出す仕組みを構築している。

 バフェット氏自身も過去に、バフェット氏がなんらかの形で会社を去った後も、会社が繁栄する仕組みを構築することが使命である旨を説いてきた。その言葉通り、バークシャーはすでに経営陣の権限委譲を着実に進めていた。

 注目は、後継者は誰なのかだ。2021年から事実上の後継者と見なされてきたグレッグ・エイベル氏が正式に会社を継ぐと見られる。同氏は花形である保険部門ではない領域を率いていたが、手腕が評価された。

 保険事業はアジット・ジェイン氏、投資事業はトッド・コームズ氏とテッド・ウエシュラー氏が担当するなど、複数の領域で後継者構造が出来上がっている。バフェット氏の企業人生における“終活”は抜かりなく準備されてきたということだ。

「カリスマ経営者退任」は企業価値を損なうか

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 創業者やカリスマ経営者が退任しても、後継者が選定されており、経営基盤が強固で再現性がある企業は、長期的に企業価値を向上させるケースが多い。

 その典型例が、米Appleだ。スティーブ・ジョブズ氏が2011年にCEOを退任した際、株価は一時約5%以上下落したが、後継者のティム・クック氏がサプライチェーンの最適化やサービス事業拡大など経営改革を進め、企業価値は13年間で約14倍にまで拡大した。これはジョブズ氏の個人に依存せず、組織として再現可能な収益体制が整備されていたことが大きい。

 米Amazonも同様だ。ジェフ・ベゾス氏が2021年にCEOを退任した際の株価下落はわずか1%未満で済んだ。後継者のアンディ・ジャシー氏がクラウド事業を軸に再現性ある経営を確立しており、市場もベゾス氏のカリスマ経営からの卒業を評価している。

後継者不足に悩む日本企業

 一方、日本企業では「再現性ある経営」への移行に難航する例もある。典型的なのが日本電産とソフトバンクグループだろう。

 日本電産では、創業者である永守重信氏が長年経営を牽引し、2021年には関潤氏を後継社長として指名した。しかし、関氏はわずか1年未満で辞任に追い込まれ、永守氏自身が経営の前線に復帰した。

 現在では2024年2月に岸田光哉副社長(当時)が後継者として社長兼CEOに就任し、永守氏は会長兼CEOの職を再び退いたが、関氏の前例もあってか、市場では「創業者依存の脱却はまだ遠い」と見なされている模様だ。株価はここ1年で25%下落している。

 同様に、ソフトバンクグループでも創業者・孫正義氏からの円滑な移行が課題となっている。孫氏は2016年に後継者としてニケシュ・アローラ氏を指名したが、経営方針を巡る意見対立で短期間で離脱。その後も明確な後継者が育っておらず、孫氏自身がたびたび経営の最前線に戻ることになった。

 両社は後継者不在というリスクが依然として高く、同社の株価にとっても不透明要因となっている。

 このように、経営者個人のカリスマ性が強すぎる企業ほど、再現可能な組織作りが難しく、市場評価が不安定になるケースがあることは否めない。

「再現性のある経営」の条件とは何か?

 こうした事例から明らかになるのは、企業価値はカリスマ経営者個人ではなく、「再現可能な組織能力」に依存することだ。重要なのは、経営者が権限委譲や意思決定プロセスの透明化を推進し、特定個人の退任リスクを低減する仕組みを築くことにある。

 例えば、バークシャーのように後継者候補を早期に指名し、実績や成功体験を与えることが重要だ。

 次に、トップダウン型の意思決定体制から分散的な意思決定体制への移行だろう。Appleや、ユニクロを運営するファーストリテイリングのように、後継者や現場への権限委譲が不可欠である。それと同時に経営哲学や企業文化の共有も欠かせない。

 バークシャーのケースが示したのは、市場は短期的なカリスマ退任のショックを一時的に織り込むが、再現性のある経営組織を評価し直すということだ。

 日本企業を含め、経営者の個人依存から脱却し、再現性ある仕組みを築くことが、企業価値維持の唯一の方法である。バフェット氏退任は、それを市場に再認識させる好例となったのではないだろうか。

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