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トヨタの“おやじ”が語る人材育成の本質 宇宙産業の新たな成長モデルとは?

» 2025年05月16日 08時00分 公開
[佐藤匡倫ITmedia]

 日本の宇宙産業が未来を切り拓くために必要な戦略とは――。

 世界有数の技術力を誇るものの、ロケット打ち上げ回数や事業規模では米中と比べて大きな遅れをとっている日本。こうした状況を打破するには、技術革新だけでなく、それを支える「ものづくりのしくみ」と「人材育成」、さらには異業種での資源を最大限に生かしたサプライチェーンの構築が不可欠だ。技術・人材・インフラが一体となって初めて、宇宙が“挑戦の場”から“ビジネスの現場”へと進化していくのである。

 とりわけ注目されるのが、民間による宇宙港構想が進む北海道・大樹町を中心とした取り組みだ。打ち上げインフラの整備や民間企業の技術革新、人材育成といった複数のレイヤーが交差し、これまで国家主導だった宇宙開発に新たな潮流が生まれつつある。宇宙戦略基金をはじめとする官民連携の資金支援も追い風となり、日本の宇宙産業は転換点を迎えている。

 2月、札幌市で開催されたトークセッションでは、「HOSPO SUPPORTERS GATHERING〜宇宙港が拓く新たな北海道の可能性〜」をテーマに、インターステラテクノロジズ(以下、IST)代表取締役CEOの稲川貴大氏、三伸工業代表取締役社長の加地重久氏、ミスミグループ本社常務執行役員の吉田光伸氏、トヨタ自動車Executive Fellow(おやじ)の河合満氏、そしてSPACE COTAN CSO・宇宙戦略基金 研究代表者の降簱弘城氏らが一堂に会した。

 今回のトークセッションで交わされた議論をもとに、日本の宇宙産業が進むべき未来の方向性を探る。

河合満(かわい・みつる) トヨタ自動車Executive Fellow(おやじ)

人を育てることが全ての原点――トヨタ・河合氏が語る成長と挑戦の哲学

 宇宙産業の持続的な成長には、技術の革新と同時に、それを担う人材育成が欠かせない。

 「人材育成をしっかりやっていれば、時代や作るものが変わっても、どんなことにも挑戦できると思っています」と語るのは、トヨタ自動車 Executive Fellow(おやじ)の河合氏だ。トヨタは創業以来、「人づくり」に力を注いできた企業として知られる。河合氏の肩書のおやじとは、技術面でも人材育成面でも社員に頼られ、支えとなる人物を指す。

 1937年、豊田自動織機から自動車部門が独立し、トヨタ自動車工業が設立された直後に、創業者の豊田喜一郎氏は「ものを作るには、まず人を育てなければならない」という強い信念のもと、「豊田工科青年学校」を創設。全国から優秀な若者を集め、体系的な教育がなされた。

 かつて、トヨタは本社工場といくつかの工場しかない小さな会社で、年間の生産台数も30万台程度だった。しかし、現在では世界で年間1000万台近くの生産能力を持つグローバル企業へと成長した。その背景には、長年にわたる人材育成の積み重ねがある。

 「私は18歳でトヨタ技能者養成所(現・トヨタ工業学園)に入所しました。トヨタ工業学園では現在は77期、これまでに約2万人が卒業し、今も約8700人の卒業生がトヨタで働いています。私自身も現場で61年にわたり働いてきました。現在77歳になりますが、社内での人材育成を引き続き、任されています。これは『人を育てることに力を入れてほしい』と、会社から強く求められたからです」(河合氏)

 人材育成の鍵は、成長の機会を与えることにあるという。河合氏は、「人を育てるうえで大切なのは、何かに挑戦させること」「少し高めの課題を与える。その繰り返しが人を成長させる」と述べ、達成感や満足感、自らの成長を実感できる環境の大切さを強調した。

 「昨年、ISTの開発現場を訪問したとき、(トヨタグループから出向している技術者が)目を輝かせてロケット開発に取り組んでいました。人はこの達成感や満足感、自分が成長を感じられるような会社にしないと、これからなかなか人が入ってきてもらえない。われわれは必死になってそういうことをやっています」(河合氏)

 宇宙産業の持続的な成長には、技術者の育成が重要となる。トヨタが長年取り組んできた人材育成のノウハウが宇宙産業にも応用できることを示唆する。ISTも年間40〜50人規模で新規採用を進めており、他業種からの転職者も積極的に受け入れている。

 河合氏の語る「人を育てる」哲学は、宇宙産業においても本質的に通じる考え方でありISTの稲川氏は、河合氏の考えに共鳴した。

 「『少し高めのチャレンジを与える』という点は、まさに私たちも意識しているところです。まずはMOMOという観測ロケットから始め、試験や実証を重ねて小型人工衛星を打ち上げるロケットZEROへと段階的にレベルアップしてきました。 1回の打ち上げにかかるコストが非常に高い宇宙業界では、一発勝負が難しく、それがこれまで進歩が遅れてきた要因でもあったと思います。だからこそ『少し高めのチャレンジ』を重ねながら人を育てていく開発の在り方が重要だと感じています」

稲川貴大(いながわ・たかひろ) インターステラテクノロジズ代表取締役CEO

民間主導と高頻度打ち上げで挑む 宇宙産業の競争力強化

 近年、米国や中国では宇宙産業の発展が著しい。特に米国では、イーロン・マスク氏率いる航空宇宙メーカー・スペースXをはじめとする民間企業が市場に参入し、ロケットの再利用技術や量産体制の確立によって、コスト削減と打ち上げ頻度の向上を実現している。これにより、打ち上げ回数は週に1回以上というハイペースに達し、宇宙を活用したビジネスが加速している。一方、日本では年間3〜5回の打ち上げにとどまり、競争力の面で後れを取っているのが現状だ。

 宇宙開発はこれまで国家主導で進められてきたが、世界ではすでに民間企業主導の流れが主流になりつつある。日本もこの流れに乗り遅れないために、ビジネスとしての宇宙産業を確立しなければならない。

 ISTの稲川氏は、「ここ数年で、日本でも宇宙産業を伸ばしていこうという機運が高まり、国家としても大きな予算がつき始めました。例えば、従来、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が主に対象となっていた資金が、宇宙戦略基金やSBIR(中小企業イノベーション創出推進事業)などにより、民間企業にも届くようになったのが、この2年ほどの大きな変化です」と語る。

 このような資金の流れの変化に加え、インフラ面でも新たな取り組みが進んでいる。SPACE COTANの降簱氏は、「宇宙輸送は国家戦略の柱の一つ」としたうえで、「打ち上げインフラの開発スピードと運用の柔軟性を高めることが、日本の宇宙産業の土台を強くする」と強調する。

 SPACE COTANが北海道・大樹町で進める商業宇宙港の構想は、単なる打ち上げ施設ではなく、複数の事業者が共用できる“開かれた射場”の実現だ。SPACE COTANは、JAXAによる最大105億円となる宇宙戦略基金の支援を活用し、複数種のロケットと通信可能な無線技術や、高精度で飛行経路の気象環境を予測するシステムなど、次世代の射場設備の研究開発を進めている。

 降簱氏は、「複数種のロケットが打ち上げられる環境、そして『打ち上げられる機会を提供する』という考え方が非常に大切だと感じています。実際に事業を進めていると、海外のライバル企業も多く存在します。その中で勝っていくには、考えたことを素早く試して実行に移せることが非常に重要で、これが大きな価値に繋がると確信しています」と述べ、民間主導の商業宇宙港の必要性を訴えた。資金、技術、人材、インフラのあらゆる側面で“宇宙をビジネスにする”ための構造改革が求められているのだ。

降簱弘城(ふりはた・ひろき) SPACE COTAN CSO、宇宙戦略基金 研究代表者

ロケット産業の発展には「サプライチェーンの強化」が不可欠

 宇宙産業における競争力強化の上で、重要となるのが、「サプライチェーンの強化」だ。ロケットの製造には高精度な部品と高度な加工技術が求められる一方、日本国内では宇宙産業に特化した部品メーカーが少ないことが障壁となっている。日本では、全ての部品を国内調達することが難しく、部品の一部を海外から輸入せざるを得ない状況だ。

 ISTの稲川氏は、「サプライチェーン全体のボリュームが不足しており、発注先が限られている。そのため、生産能力の限界が開発のボトルネックになっている」と述べ、「製造能力のボトルネック」と「サプライチェーンの脆弱さ」を最大の課題として挙げた。ロケットの製造には多種多様な部品と工程が求められるものの、国内でそれに応えられる企業は限られている。特に北海道・十勝地域では委託先が少なく、結果として本州地域に依存が続いているのが現状だという。

 宇宙産業は安全保障上の問題も抱えており、海外調達にはリスクが伴う。稲川氏は「海外からいくつか買っている部品がありますが、突然、輸出禁止ですと言われたこともありました。重要な部品が輸入できなくなるというリスクもあるため、事業継続上の意味でも国内でサプライチェーンを築くことは重要」だと話す。こうした不確実性を回避するためには、国内での部品供給体制の強化が急務となる。

 こうした課題を解決するために、ISTはトヨタグループのウーブン・バイ・トヨタと資本業務提携に合意し、自動車産業で培われた「量産技術」や自動車産業のサプライチェーンを宇宙開発に応用する取り組みを開始した。トヨタ生産方式など自動車の知見やノウハウを生かし、より低コストで高品質、量産可能な効率的なロケット開発を実現しようとしている。

異業種の連携と「時間の提供」が支える宇宙産業の成長

 宇宙産業の成長には、従来の産業構造を超えた異業種連携と、製造・調達プロセスの革新が求められている。三伸工業の加地氏は、多様な分野で培った自社の技術力やノウハウをもとに、H3ロケットの発射設備や衛星フェアリングの分離試験装置、エンジン燃焼試験設備などの開発に携わっている。加地氏は、「さまざまな企業と連携するネットワーク型の経営に切り替えてきた結果、現在は宇宙、エネルギー、防衛など複数分野にまたがる体制ができました」と語る。

 加地氏はまた、「『やってみたい』という気持ちが出発点。リスクはあるが、どうやってその“光”にたどり着くかを考えるのがわれわれの仕事です。今後は地上設備だけでなく、フライト品の製造にも挑戦したい」と述べ、宇宙分野へのさらなる展開に意欲を示した。

加地重久(かじ・しげひさ) 三伸工業 代表取締役社長

 一方、ミスミグループ本社の吉田氏は、調達の効率化が宇宙産業の課題解決に直結すると強調する。ミスミでは、3DCADで設計したデータをそのままアップロードすると、AIが設計データを読み取り、その場で価格・納期が提示され、最短1日で部品出荷が可能な「meviy」(メビー)を展開している。

 吉田氏は「われわれが提供しているのは単なる部品ではなく、『時間』です。宇宙産業においても、スピードアップ、リードタイムの短縮といった課題の中で、われわれのサービスが活用され始めており、今後の成長を支えるインフラになり得る」と述べた。サプライチェーンの確保と製造プロセスの刷新、そして異業種が垣根を越えて協力する姿勢が、日本の宇宙産業の競争力強化に向けた重要な構成要素となりつつある。

吉田 光伸(よしだ・みつのぶ) ミスミグループ本社 常務執行役員

日本の宇宙産業に求められるもの──宇宙産業モデルと人材育成

 今回のトークセッションを通じ、日本の宇宙産業が競争力を高めるには、人材育成、サプライチェーン強化、異業種連携など、多面的な取り組みが不可欠であることが明らかになった。

 特に、トヨタの河合氏が語る「人を育てることが産業の成長につながる」という理念のもとに、挑戦できる環境を整え、現場を支える人たちが自ら考え、成長できる仕組みをつくることが重要だ。国家主導から民間主導への移行を進め、異業種の力も活用しながら、持続可能な産業基盤を築く必要がある。

 また、宇宙産業の安定成長には、国内のサプライチェーン強化とデジタル技術の導入が不可欠だ。高度な精密技術を持つ企業との連携を深め、安全保障リスクを回避しつつ、開発スピードとコスト競争力を向上させることが求められる。

 日本の宇宙産業は今、大きな転換期にある。技術や人材、産業基盤を強化し、官民一体となった取り組みを加速させることで、世界市場での競争力を高め、宇宙ビジネスの新たな成長モデルを築いていくことが期待される。

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