リテール大革命

物流現場は「日本の常識=非常識」 海外支援の盲点となるポイントは?仙石惠一の物流改革論

» 2025年06月20日 07時00分 公開
[仙石惠一ITmedia]

連載:仙石惠一の物流改革論

物流業界における「2024年問題」が顕在化している。この問題を克服するためには物流業の生産性向上以外の道はない。ロジスティクス・コンサルタントの仙石惠一が、運送業はもちろん、間接的に物流に携わる読者に向けて基本からノウハウを解説する。

 日本人の年間の出生数が2024年に初めて70万人を割り込んだ。出生率も過去最低を更新し何と1.15まで落ち込んでしまった。少子化対策に取り組む政府にとって厳しい状況が改めて示されている。今後ますます進む労働力人口の減少が製造業を取り巻く環境は厳しさを増している。

 国内のものづくりの維持が難しさを極める中、海外、とりわけ新興国に進出する会社が続出している。世界でも屈指の強さを誇ってきた日本の製造業は、新興国に工場を建設し、その国内市場だけではなく、他国への輸出拠点としても位置付けようとしている。おそらくこの流れが当面続くことは間違いないだろう。

 さて、このような状況の下、海外での事業展開で切り離せない機能が物流である。工場という定められた場所で世界最高レベルの生産技術を展開することは、わが国の得意技であるが、物理的な地点をまたがる物流が得意であるという製造会社は、それほど多くないのではないだろうか。

 生産の領域では成功しても、物流領域で失敗している製造会社は多々あることも事実である。そこでこれから「海外での物流を成功させるためのポイント」を解説していく。

 工場建設や改善指導で現地に赴く支援者のために、現地に持って行くべき「物流指導マニュアル」を紹介したい。

海外での物流を成功させるためのポイントは? 写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

著者プロフィール:仙石 惠一(せんごく・けいいち) 

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合同会社Kein物流改善研究所代表社員。物流改革請負人。ロジスティクス・コンサルタント。物流専門の社会保険労務士。

1982年大手自動車会社入社。生産管理、物流管理、購買管理を担当。物流Ierの経験を生かし荷主企業や8物流企業の改善支援、各種セミナー、執筆活動を実施。

著書『みるみる効果が上がる!製造業の輸送改善 物流コストを30%削減』(日刊工業新聞社)『業界別 物流管理とSCMの実践(共著)』(ミネルバ書房)

その他連載多数。

海外とどう違う? 日本流物流の仕組みを理解する

 まず日本流物流について認識を合わせておこう。紙面の都合で代表的なものだけ記していきたい。

(1)調達物流

 工場で部品や資材を調達する際の物流は誰がコントロールしているか。ほとんどのケースでサプライヤー側がこれを行っている。この物流費は一般的に部品代や資材費の中に含まれている。工場側ではサプライヤーにお任せ状態にあると言える。

(2)工場内物流

 日本の得意とするジャスト・イン・タイム(JIT)方式をベースに生産ラインへの供給、完成品の引き取り、出荷準備などを行っている。工程間運搬は製造部門が、資材供給や出荷準備を物流部門が行っているケースが多い。

(3)販売物流

 原則として顧客の求めるものだけ生産する関係上、完成品の在庫は多くない。生産されたものを即トラックで出荷するというダイレクト出荷が多くなってきている。

(4)輸送

 国内の調達物流、販売物流に関しては比較的短距離(500キロメートル以下)をトラック輸送にて実施している。道路状況は極めて良好で、ドライバー品質も優れている。両サイドがオープンになるウイングタイプのトラックを使うことが多い。

(5)荷姿

 段ボールによるワンウェイ(片道)荷姿からプラスチックボックスによるラウンドユース荷姿が主流になりつつある。短距離中心であるためか荷姿充填(てん)率にはまだまだ改善の余地がある。

(6)物流品質

 定時到着率、誤品・誤数納入の少なさ、輸送中の製品損傷の少なさなどは世界の中でも平均以上であると思われる。物流会社による荷扱いも丁寧である。

(7)物流セキュリティ

 寄託倉庫や輸送途上での製品の盗難は非常に少ない。稀(まれ)に現金輸送車が襲われるという事件はあるものの、輸送中にトラックが襲われるという事件はほとんど聞いたことがない。物流セキュリティは極めて良好と考えられる。


 以上のように日本流物流を整理してみると、国内では物流を取り巻く環境はおおむね良好であり、大きな問題が発生することは少なく、淡々と物流業務が行われているように見える。実際のところ、工場に物流スキルに長けた人材がいなくても何とかやっていけていると言えるだろう。

 この理由を整理すると以下の3点に集約される。

  • 国土が狭い上、道路整備状況などのインフラも良好であり物流が容易である。
  • モラルの高い国民性のために物流工程で大きな「事件」が起きることは稀である。
  • 工場内物流を中心に、JITなど生産方式が優れているため、それに追随する物流が確立されている。

 ただし高コストであることは間違いなく、製造会社にとって物流が宝の山であり改善余地が多く残されていることも事実である。

日本と海外の物流の主な違い(筆者作成)

海外工場の支援時に心がけたいポイント

 日本の物流は以上のような特徴を持っている。そこで海外に工場を建設する際にこの考え方をベースに物流設計を行おうとするケースが多い。最も簡単なやり方は日本流物流を現地でそのままコピーして展開することである。

 実際にこのやり方を行っている会社も多い。しかし、この方法は少々安易であると言わざるを得ない。実際に筆者が在籍していた日系工場では、海外で次のような笑えない事実があった。

  • ウイングトラック仕様で出荷場を設計したが、現地ではトラックの後方から荷役を行うリヤゲート車が中心であり、荷台の奥の荷物の荷役に苦労した。
  • 日本のトラックサイズで納入場を設計したが、現地のトラックサイズの方が大きいため、トラックが道路にはみ出してしまった。
  • 現地では荷扱い時に荷を放り投げることが当たり前に行われており、日本仕様の荷姿では製品の品質が保たれなかった。
  • 日本と同様のセキュリティ管理だったため、倉庫から頻繁に製品がなくなった。

 つまり、現地には現地に合った物流設計が必要だということである。

 日本の工場では物流のスペシャリストであったとしても、海外物流を見たことがない人が日本流物流が正しいと思い込んで指導することは非常に危険だと言える。日本流物流はグローバルスタンダードではないことだけは事実なのである。

日本流物流はグローバルスタンダードではない(筆者作成)

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