新たな技術やツールを導入する際、いきなり全庁展開しても決してうまくいかない――。DX先進地として知られる神戸市は、このポイントを押さえ、段階を踏んだDXを重視している。
市のDX推進の司令塔を担うデジタル戦略部は、DX進捗を「4つのステージ」に分け、それぞれのステージにおいて「やるべきこと」と「やってはいけないこと」を明確化。職員自体の行動変容を伴う改革へとつなげている。
6月4〜6日に東京ビッグサイトで開かれた展示会「デジタル化・DX推進展」(ODEX)において、担当者が特別講演で語った神戸市のDXの進め方について紹介する。
各課の業務改革を伴走支援するDX推進部門。求められる役割と具体的な支援内容は、DXのステージごとに異なると、神戸市デジタル戦略部の箱丸智史さんは話す。
神戸市では以下の「4つのステージ」に分け、各ステージにおいて取り組むべき事柄を整理している。
各ステージごとに詳しく見ていきたい。
神戸市のDXは、まず「企画・検討」段階でしっかりと地盤を固めることから始まる。ここでは、現場の悩みや課題、ニーズをヒアリングし把握する。
現場のニーズに見合った技術やツールについて調査し、その実用性や費用対効果などについて調べることがデジタル戦略部の役割となる。
次の段階となる「試行・先行実施」フェーズは、業務改革に意識の高い職員らを対象に、実際に役立つツールに触れてもらい、成功事例を1つでも作ることが目標となる。
ここでは、効果の期待値が大きい、分かりやすい課題感のものから着手することが大切だという。
例えば、神戸市保健課では、乳幼児の歯科検診を担当する歯科衛生士の予定調整において、ExcelやFAXが飛び交っていた。歯科衛生士からFAXで送られてくる出務可能日程を課の職員が書き起こし、日程調整をして確定後の日程を郵送で通知する――といった手作業が多発し、職員にとって大きな業務負担となっていた。
そこで、ローコードツール「kintone」を試行的に導入し、ペーパレス化を実施。FAXの書き起こしや郵送、転記のダブルチェック作業などの手間がかからなくなった。
このステージでのデジタル戦略部の役割は、徹底的な伴走支援となる。単に成果を代行するのではなく、現場が自分でシステムを構築できるよう、寄り添いながら支援するスタンスが大事になる。この事例の保健課のように、業務改革に協力的な課を見つけていくことも重要だ。
一方で、ツール導入の好事例が1〜2つできた段階で全庁展開を考えるのは、時期尚早だという。次の3つ目のステージ「普及・拡大」における取り組みが、ツールをしっかりと定着させていく上で重要となる。
「普及・拡大」のステージは、一般の職員にも導入ツールについて知ってもらい、どんどん使ってもらうための期間となる。
そのためにデジタル戦略部では、マニュアルなどを充実させたり、成功事例を紹介するための庁内広報に注力することになる。一般の職員にも「ツールを使ってみたい」と思わせるための施策が重要になる。
この段階では、事例づくりからは卒業しなければならないという。「新しいものを作って楽しむのはこの辺でやめないと、そこから先に進めない」(箱丸さん)
この段階において、神戸市では、庁内向けのブログメディアを活用したり、庁内イベントを開いたりして、保健課が取り組んだkintone活用によるペーパレス化などの成功事例を積極的に発信。業務改善の認知度向上に努めた。
また、この段階で全従業員向けのDX研修も実施。動画教材を活用し、職員が好きなタイミングで受講できる体制を整えた。
このほか、ビジネスチャットツール「チャットラック」を活用し、職員同士で自由に情報交換できるようにした。「kintone勉強会」「○○に取り組むチーム」「○○課ルーム」――など、さまざまなチャットルームが立ち上がっている。神戸市では2019年から利用し、これまでに約1万5000ルーム、延べ15万人が参加しているといい、DXの全庁浸透を支える重要なコミュニケーション基盤となっているという。
いよいよ最後のステージが「定着・ルール化」だ。
ここでは、一般職員にツール活用を義務化することになる。デジタル戦略部の役割は、ツールが効果的に使われ職員負担の軽減につながっているかチェックする仕組みを整えること。また、利用者の声をもとにツールを改善し、陳腐化したものは整理・廃止する――などの作業も必要となる。
神戸市では、既に成果が出ているkintoneについて全職員向けにアカウントを配布。業務ごとに「こういう案件はこのツールで対応する」という共通運用ルールを策定し、全庁展開へと本格移行中だ。
誰もが自由にアプリ開発できることで生じる「野良アプリ」の乱立を抑制するため、kintoneの開発には事前研修・テスト合格を義務化。初学者の段階から設計者へのステップを制度化し、品質と秩序を担保しているという。
神戸市では、kintone活用において、この4つ目のステージにまでたどり着いているが、必ずしも全てのプロジェクトが順調に進んでいるわけではない。
例えば、定型的なPC作業を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)。活用には技術的な理解が求められるほか、自動化したい業務のシナリオ(スクリプト)作成が難しい――といったことから、2つ目の「試行・先行実施」段階で足踏みしているケースもあるという。
また、生成AI活用についても、自分の業務にどう生かせるかイメージがわく職員と、そうでない職員との間で差が生じ始めているという。
こうした課題を克服していくために、神戸市は、幹部職員向け生成AI研修を開催。幹部職員の生成AIに対するハードルを下げ、一般職員への使用を促すことを目的として実施した。
一般職員向けには、どのような業務課題にどのような生成AIアプリが有効であるかヒントを提示するための業務改善ワークショップなどを開催しているという。
たとえ便利なツールや技術であっても、一足飛びに全庁に浸透するわけではない。神戸市が重視するDX推進の4つのステージは、有効なツールを定着させるために、現場の職員の行動や意識を変革していくためのプロセスともいえる。他の自治体にとっても、参考になるヒントが詰まっているはずだ。
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