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ビルボードジャパンが描く「音楽×データ×ライブ」の未来図 “日本発のコンテンツ”を世界へ

» 2025年06月26日 08時00分 公開
[篠原成己ITmedia]

  「ビルボード」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、米国の音楽チャートや、名門クラブのような音楽シーンの象徴だろう。実は日本では、関西私鉄大手・阪神電鉄のグループ企業、阪神コンテンツリンクが運営していることはあまり知られていない。

 事業内容も多彩だ。東京・大阪・横浜に展開する「ビルボードライブ」では、食事をとりながらステージ間近でライブを観賞する独自のライブエンターテインメントを提供。全国的には、アーティストの玉置浩二とコラボした質の高い大型クラシックコンサートなども手掛けている。

 データを駆使した音楽戦略を通じて、日本発アーティストの世界進出にも本格的に乗り出した。5月に京都市で開催された「和製グラミー賞」と呼ばれる国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」では、同社のデータ提供に加え、アーティストや曲のエントリーから選考過程における“基本設計”に携わっている。

 音楽コンテンツが国境を越える今、ビルボードジャパンは何を目指しているのか。ビルボードジャパンのライブ、チャート、クラシック、レーベル、そしてデータビジネス全ての事業を統括する坂本大常務に話を聞いた。

坂本大(さかもと・だい) 阪神コンテンツリンク・常務取締役・ビルボード事業本部長。神戸大学経営学部卒業後、阪神電気鉄道に入社し、甲子園阪神パークのアトラクション企画を担当。阪神淡路大震災による閉園を機にライブレストランを運営する電鉄子会社へ出向、ライブ制作手配業務を担当したのち、出演者ブッキング業務の統括を務める。近年では国内3店舗目のビルボードライブ横浜の新規出店に携わったのち、音楽事業全体を統括する担当役員として、日本国内におけるビルボードブランドの戦略策定・実行を担っている(撮影:アイティメディア)

ビルボードジャパン独自のビジネスモデルとは?

 「2007年に初めて日本でビルボードライブを開いたとき、ビルボードブランドの認知度は数パーセント程度でした。経営母体である阪神色は出さず、ビルボードとしての独立したブランド価と値を打ち出してきました」

 坂本氏はこう振り返る。ビルボードジャパンのスタート時は、ライセンスを受けていたブルーノート大阪の運営によって蓄積してきたライブ運営のノウハウを転用しつつ展開してきた。以降、クラシックと融合したオリジナルコンサートの領域に進出し、年50〜60本の公演を実施。さらにはレーベル、データ分析、配信、海外戦略など、文字通り「音楽を媒介とする総合メディア企業」へと進化を遂げてきた。

 ビルボードジャパンの強みを生かすのは、ライブ事業だ。現在は東京・大阪・横浜の3拠点のビルボードライブだけで年間40万人規模を動員。ライブ事業全体で音楽事業売り上げの大部分を占める。ビルボードライブの「食事を楽しみながら音楽を間近で堪能するスタイル」は、よりライブを楽しみたい層に広く受け入れられるモデルだ。他国では文化的な背景から浸透していない地域も多い。ただ、こうした文化差を踏まえ、日本の運営ノウハウが今後、他国に共有される可能性もある。

ビルボードライブ東京(以下ビルボードジャパン提供)

 一方でチャート事業においても、ビルボードジャパンが発信するチャートは、本国のUSビルボードからさらに発展させることによって、より消費と浸透の実体を反映する仕様に進化を続けてきた。例えばCD販売数、ストリーミング数に加え、カラオケでの歌唱回数などもその一例だ。坂本氏は「音楽の楽しみ方そのものが時代によって変わる中、チャートもまたその時代の鏡でなければならない」と話す。日本発の音楽文化やデータ運用の在り方が、音楽コンテンツや業界全体のグローバル展開に向けたヒントになると期待している。

「デジタル×フィジカル」の2本柱戦略

 コロナ禍では年間50〜60本以上のライブを配信した。リアルでの交流が難しい時期だったからこそ、デジタルがビジネスの支えとなったのだ。だが、コロナ以後にライブが復活したことともに、「やはりフィジカルで音楽に触れたい」という需要が急増。坂本氏は「ライブの価値はむしろ上がった」と手応えを語る。リアルのライブ体験の価値が再評価され、事業としてのライブの売り上げ比重はさらに高まっていった。

 一方で、ストリーミングデータを軸としたデータビジネスも拡大中だ。「アニメやマンガがそうであるように、日本の音楽は高品質なコンテンツ。その力をどうサポートして、輸出するかが問われています」と坂本氏は語る。今後は海外のプロモーターや企業へのデータ提供など、B2B向けのビジネスの拡大も視野に入れているという。

親会社・阪神電鉄が期待する街づくりとしての役割

 ビルボードジャパンの母体は阪神電鉄だ。ビルボードジャパンに期待するものは、単なるエンタメではない。「街をより魅力的なものにするために、当社はそこにコンテンツという魂を入れる役を担っています」(坂本氏)

 同グループは阪神タイガースという阪神甲子園球場も所有しており、同じブランド資産として、ビルボードを位置づけている。かつては鉄道や不動産事業でハード中心だった時代から、ビルボードを始め、ソフトでの街づくりの機能にも力を入れている。

 例えば、訪日観光客向けに相撲と食事などの日本文化を組み合わせたエンタメ施設「THE SUMO HALL 日楽座 OSAKA」でも、ビルボードライブのノウハウを活用している。坂本氏によれば「音楽が、街と人をつなぐ装置として機能し始めている」という。単なる音楽事業だけでなく、地域・観光・都市開発に連動した戦略コンテンツとしてビルボードジャパンは期待されているのだ。

エンタメ施設「THE SUMO HALL 日楽座 OSAKA」(ⓒHIRAKUZA)

ビルボードジャパンと音楽が果たす役割とは?

 これまでは日本国内で楽曲がどれだけ聴かれたかをもとにチャートを作り、時に賞を構成してきた。しかし、日本市場の中だけで完結することなく、2023年9月からは、日本以外の世界各国で聴かれている日本の楽曲のチャートを発表。それらをアーティスト事務所やレーベルなど業界を中心に提供、販売することによって日本のアーティストや音楽の海外展開を支援する。

 5月のMUSIC AWARDS JAPANでは、同社のデータを提供するだけでなく、アーティストや曲のエントリーから選考過程における基本設計に携わった。ビルボードジャパンHot 100というCDセールス、ダウンロード、ストリーミング、ラジオ再生、動画再生、カラオケの6指標によるソングデータを提供。複数のデータを重ねることによって、ユーザーの動向を取り入れ、透明性を担保したのだ。

 これらは日本発の音楽を世界へ展開したいMUSIC AWARDS JAPANの理念とも重なる。

 「日本だけでは産業自体が将来、鈍化する可能性がある中で、世界に向けて日本の音楽やアーティストを発信していく必要があると考えています。アーティストや業界のために役立つビジョンは、創業当初から変わっていません」

 音楽業界に貢献し、アーティストの夢を実現するための仕組みをつくることが、ビルボードジャパンのコンセプトの根幹にあるのだ。ビルボードのライセンスを受けて活動している国と地域は現在16カ国あり、今後も増加を見込む。音楽だけでなく、食やカルチャーといった領域とも結びつけながら、文化を発信するメディアとしての役割を果たしている。

 ビルボードジャパンの今後の展開としては、アーティストや業界、そして文化の未来のために世界各国の「ビルボードファミリー」と連携を深めながら、グローバルなプラットフォームを築いていくことを目指す。

 「グローバルの視点からも、私たちは同じビルボードファミリーとして、信頼できるパートナー同士がアーティストやコンテンツを紹介し合い、世界に広げる仕組みを築こうとしています。今、音楽業界はこうした仕組みを必要としていますし、日本から世界へと進出していくにはこれまでにないタイミングだと感じています」

 6月27日にはアジアのビルボードパートナーが一堂に会する初のカンファレンス「Billboard ASIA Conference 2025」を東京ミッドタウンで開催する。

 登壇するのは、マイク・ヴァン氏(ビルボード CEO)、グージー・チマ氏(PMC Vice President、International Markets)、キム・ユナ氏(ビルボードコリアCEO)、アン・バーニスカ氏(モダン・メディアグループ COO)、礒崎誠二氏(阪神コンテンツリンク ビルボード事業本部 上席部長)と世界の幹部を務める5人だ。

 彼らが日本でプレゼンするのは、今回が初めてだという。チャート事業とライブ事業を主軸とする日本の他、チャート事業に加えて「ビルボード・ミュージックアワード」など国際的な影響力を持つイベントを数多く手掛ける米国、音楽やコスメ、フードなど自国のコンテンツを強みにブランドとのコラボを展開する韓国、親会社となるテンセントの音楽コンテンツ戦略を担う中国、大手放送メディアがライセンスを保有するフィリピンと、それぞれの国の代表が、強みやネットワークについて発表するという。

 ビルボードジャパンは、世界の中でも存在感を発揮しようとしている。国内においてもチャートとライブを超えて、新たな社会的機能を担い始めた。音楽が街を変え、街が音楽を育む。その好循環が、ここ日本から世界へと広がろうとしている。

ビルボードライブ横浜

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ディップは、小さく生成AI導入を開始。今では全従業員のうち、月間90%超が利用する月もあるほどに浸透、新たに「AIエージェント」事業も立ち上げました。自社の実体験をもとに「生成AIのいちばんやさしいはじめ方」を紹介します。

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