グロービス経営大学院 テクノベート経営研究所(TechMaRI) 副主任研究員
東京大学経済学部卒。三井住友銀行投資銀行部門、SMBC日興証券、経済メディアNewsPicksの編集部で記者・編集者を経て現職。
かつて斜陽産業とも呼ばれた漫画は現在、デジタル化で再成長を遂げている。
スマートフォンの普及に伴い、漫画のデジタル化は急速に進んだ。2017年には電子コミックスの売り上げが紙のコミックスを初めて上回った。紙と電子を合わせた国内のコミック売り上げは2020年には過去のピーク(1995年)を上回り、2024年は7000億円を超えた。現在もなお、売り上げは増加傾向にある。
デジタル化につづく新しい変革が生成AIだ。昨今の生成AIブームによって漫画家の仕事は大きく変化している。生成AIがキャラクターや背景美術を生成してくれるのなら──漫画アシスタントは必要なくなるのか。さらに生成AIが進化すれば漫画家の仕事はなくなってしまうのだろうか。
生成AIが漫画家アシスタントの仕事を奪っているのでは? と考える人もいるだろう。しかし、制作現場は深刻な漫画アシスタント不足に陥っている。つまり、現時点ではアシスタントは必要だし、不足しているのだ。
アシスタントの作業は主に作画サポートで背景制作や細部描写などだが、買い出しなどの雑用が含まれることもある。アシスタント不足の背景にはアシスタントの人件費や漫画家のギャラ、編集者の役割の変化、リモート環境による育成の困難さなどが複雑に絡み合っているが、要因の一つに、デジタル化に伴う漫画家のキャリアパスの多様化がある。
かつては出版社への持ち込み作品の採用や新人賞の受賞が漫画家の登竜門だった。新人はプロ漫画家のアシスタントとして下積みをしてデビューしていった。
しかし、デジタル化の進行によって発信の場は大きく広がった。およそ10年前のデジタル化で生まれた配信プラットフォーム事業には、通信事業者やECなど異業種からの参入が相次ぎ、現在は71社(参照:Baseconnect社)を数える。出版社に属さずに漫画家となる道もできた。個人でもブログやSNSで漫画を発信でき、人気が出ればデビューの声がかかる。
漫画家の発信の場が増えたことで、漫画の供給量はかつてないほど増えており、アシスタントの需要は高まっている。著名漫画家の峰倉かずや氏がSNSでアシスタント不足を嘆く投稿をして話題となった。しかしアシスタントの下積みをせずとも、自らが描きたい作品を発信できるので、現代の新人漫画家は下積みをあえて選ぶ必要はない。
もちろん、アシスタント経験で得られるものも大きい。実際に作品制作の経過を見られるだけでなく、紙(アナログ)、デジタルの作品制作技術を学ぶ機会や人脈形成、アシスタントへの指示の出し方など、現場ならではの多様な学びと刺激を得られる。下積みと言っても根性論ではないメリットがある。
しかし、必須とは言えないアシスタント経験を積みたい新人漫画家や、能力の高いアシスタントの数に対して、アシスタントを必要とする漫画家の数が多すぎるのだ。
アシスタント不足はAIで解決できるのだろうか。
実は昨今の生成AIの登場で、漫画の制作現場には大きな変化が起きている。制作プロセスのスピードと効率を飛躍的に向上するAIツールが多数リリースされた。
例えば、作画やセリフ生成、時間のかかるカラー原稿の自動化。AIはアシスタントさながらの活躍を見せ、漫画家の新たなパートナーとなっている。具体的にAIツールで何ができるのか見ていこう。
技術:AIツールの例
画像生成AI: Midjourney、Stable Diffusion
プロット作成サポート、セリフ生成:ChatGPT、Comic-Copilot
自動彩色AI:pixiv Sketch、VansPortrait
画像生成AIツールの代表格はMidjourneyとStable Diffusionだ。Midjourneyはかつて生成した絵画が美術コンテストで優勝したことが話題になった。漫画制作ではキャラクターや背景美術を自動生成する。短時間で高品質なビジュアルを作成でき、ラフスケッチや背景の下絵としての活用が可能だ。
ストーリー作成をサポートするのが対話型AIだ。ChatGPTなら、大枠のあらすじや冒頭のシーンを伝え、AIにディテールや続きを引き出す質問をさせることで、ストーリー構築を前進させる。あくまでストーリー作成の主体は作家だが、一人では行き詰まってしまう時、対話相手としてとことん付き合ってくれるAIは役に立つ。
Comic-Copilotは、集英社「少年ジャンプ+」編集部と、実業家の古川健介(けんすう)氏が代表を務めるアル社が共同運営する漫画AI編集者だ。自分からは出てこないようなセリフやキャラクターを提案する。行き詰ったら作成した漫画の感想を生成させたり、応援したりしてくれるなど編集者さながらの役割をAIが担う。
手間のかかるカラー原稿には自動彩色のAIツールが役立つ。例えば、国内大手コンテンツ投稿サイトのピクシブ(pixiv)が運営するpixiv Sketchでは、モノクロの絵をAIで自動で着色する機能がある。着色パターンの指定や色味の調整も可能で、着色にかかる工数を大幅に短縮できる。
AIツール利用がこのまま広がっていけば、現在のアシスタント不足はいずれは落ち着いていく可能性がある。
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