リテール大革命

なぜ米食品スーパーは「薬局」を強化するのか? 日本の小売業に示されたヒントとはがっかりしないDX 小売業の新時代

» 2025年08月25日 07時00分 公開
[郡司昇ITmedia]

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。

 日本であれば、ドラッグストアに併設されていることが多い調剤薬局。ところが米国では、全く違う光景が広がっています。

 米国ではいま、食品スーパーに調剤薬局を併設する動きが加速しています。

 米ドラッグストア大手RITE AID(ライト・エイド)が破綻し、その処方箋顧客獲得に最も積極的だったのは、同業のドラッグストアでなく、Kroger(クローガー)やAlbertsons(アルバートソンズ)といった米大手の食品スーパーマーケットでした。

 なぜ、食品スーパーマーケットが調剤薬局ビジネスに積極的なのか――。その戦略的背景を探ると、日本の小売業にも参考となるビジネスのヒントが見えてきます。

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

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20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」シニアフェロー Nextリテール分科会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質2025DX

 米ドラッグストア大手RITE AIDの2回目の破産に伴う店舗閉鎖について、本連載の前々回で書きました。

(関連記事:「DXすれば万事解決」は幻想 米ドラッグストア大手の破綻にみる、デジタル投資の落とし穴

 この時に、店頭には「Ralphs Pharmacyにあなたの処方箋記録はあります。(したがって今後はこちらで薬を受け取ってください)」という掲示がありました。

RITE AID Harbor Center店の掲示(2025年6月27日、筆者撮影)

 処方箋の引受先が、同じく米ドラッグストア大手であるCVSやWalgreens(企業名はWalgreen)の店舗ではなく、食品スーパーマーケット企業として世界最大であるKroger(クローガー)傘下のRalphsの調剤部門であるというのは、少なからず驚きでした。

 実は米国の大手スーパーマーケットでは、調剤併設店舗が増えています。筆者が2025年6月から7月に米国を小売視察で訪れた際にも、半数以上の食品スーパーやスーパーセンターで処方箋を受け付けていました。

 RITE AIDの処方箋を最も積極的に獲得しようとしていたのは、米第2位の食品スーパーであるAlbertsons(アルバートソンズ)でした。Albertsonsは、年商約790億ドル(約11.5兆円)、全米で2273店舗を展開し、約76%の1732店舗で調剤薬局を運営する巨大企業です。

 同社はRITE AID顧客に対して、アプリやサイトを経由した処方箋移管で15ドルの食品割引クーポン(75ドル以上購入時)を提供し、さらに5回の処方箋ごとに追加で最大20ドル割引を実施しています。処方箋医薬品と食品を一カ所で受け取れる利便性を前面に押し出し、単なる割引競争ではなく「地域のヘルスパートナー」としての位置付けを明確にし、薬剤師による健康相談や予防接種サービスも充実させています。

 CRMを導入し顧客データを活用しているものの、店舗利用者への周知を含めたマーケティングの大部分は物理的に行われています。 

Albertsons Crenshaw & Martin Luther King店の店頭掲示(2025年7月1日、筆者撮影)

 食品スーパーマーケットとして世界1位のKrogerも同様に、2719店舗のうち、2254店舗で調剤薬局を運営しており、RITE AIDの処方箋を移管することで、食料品を安く買えるクーポン販促を行っていました。冒頭のRITE AID Harbor Center店の処方箋記録移転先であるRalphsもKroger傘下の食品スーパーです。

Ralphs Plaza Mayor店でも調剤移管で食料品値引きアピール(2025年7月1日、筆者撮影)

 Walgreen、CVSでもRITE AIDの患者移管をアピールする掲示物は多数ありましたが、大手食品スーパーのような強烈な販促策はありませんでした。

 なぜ食品スーパーマーケットが調剤薬局ビジネスに積極的なのでしょうか。その背景には、複数の戦略的要因が存在します。

食品スーパーが調剤に注力する理由

 スーパーマーケットが調剤に注力する1つ目の理由、それは来店頻度の優位性です。

 食品スーパーは週に1〜2回程度の来店が一般的ですが、ドラッグストアは月1〜2回程度です。この差は顧客との接点機会の差となり、処方箋の受け取りついでに食品や日用品を購入する「ついで買い」効果が期待できます。

 次に「食と健康の統合という新たな価値提案です。

 健康志向の強い顧客層は高くても質の高い食品を購買する傾向が強く、ビタミンやサプリメントにもお金をかけます。店内に薬局があるということがサプリメントなどの相談やヘルスケアイメージ付けにも役立つわけです。

Walmartの処方箋統合戦略

 本連載でたびたび取り上げる世界最大の小売企業Walmart(ウォルマート)も調剤に注力している代表的な企業です。同社は全米で処方薬配送サービスを展開しています。

 Walmartは食品・日用品と処方箋医薬品を「同一注文・同一配送」で提供していいます。Walmartは顧客の利便性を優先し、「病気の子どもに薬とチキンスープ、加湿器を一緒に届ける」というユースケースを前面に打ち出しています。

Walmartは店舗やアプリの目立つ場所で、食品と処方箋薬の同時配送をアピール(2025年6月30日、筆者撮影)

 4600店舗の薬局網を活用し、全米世帯の86%をカバーできる配送網は、同社の大きな強みとなっています。

モバイル薬局での災害支援も行うHy-Vee

 米中西部で約570店舗展開するHy-Vee(ハイビー)は、従業員所有の協同組合形式で運営される人気のスーパーマーケットチェーンであり、約半数の275店舗で薬局機能を持ちます。2024年には業界誌Drug Store Newsから「Pharmacy Innovator of the Year」を受賞するなど、積極的な取り組みを多数行っています。

米中西部で約570店舗展開するHy-Vee(ハイビー)

 同社は、28台のモバイル薬局車両を運用しています。これらの車両は職場や地域イベントでの予防接種や健康診断を実施し、災害時には被災地域の薬局機能を代替する役割も果たしています。2024年のアイオワ州北西部での洪水災害時には、被災した地域薬局の代わりにモバイル薬局を派遣し、住民への処方薬供給を継続しました。

 また、Hy-Veeは専門薬局サービスにも参入し、がんやクローン病などの高額医薬品を扱うことで収益性向上を図っています。2025年には、タフツ大学と共同で「Food is Medicine」プログラムのパイロット事業を開始。薬剤師と管理栄養士が連携し、食事療法と薬物療法を統合的に提供することで、地域の健康改善を目指しています。

 Hy-Vee社長のアーロン・ウィーズ氏は「食料品店と薬局を提供する当社は、地域社会において、人々の健康増進への道のりを支援し、関わり、サポートできる独自の立場にある」と述べています。

 Hy-Veeは、デジタルツールへの投資も積極的に行っています。オンラインワクチン予約システムの新機能により、患者は複数のワクチンを1回の予約で迅速かつ容易に予約できるようになりました。また、処方箋の前払い制度を導入し、患者がオンラインまたはHy-Veeアプリを通じて事前に薬代金を支払えるようにしました。これにより、店舗での受け取り時間が大幅に短縮されています。

 さらに、新しいテキストメッセージツールを導入し、処方箋の状況通知や定期予防接種の期限通知を自動化。薬局スタッフは患者にオンデマンドメッセージを送信し、事前承認が必要な場合などの通知も可能になりました。これらの取り組みは、服薬アドヒアランス(患者が治療方針に賛同し、積極的に治療を受けること)の向上と薬局スタッフの作業負荷軽減に貢献しています。

 さまざまな点で魅力的な企業ですが、ヘルスケアの優等生でもあるのです。

日本の小売が学ぶべき「食×健康」統合戦略とは?

 日本では国民皆保険と薬価制度により、調剤薬局の収益構造は安定していますが、逆に言えば差別化が困難です。しかし、米国の事例から学べることもあります。それは「食と健康の統合的アプローチ」という視点です。

 食品スーパーが管理栄養士を配置し、処方薬だけでなく、食事指導やサプリメント提案まで含めた包括的な健康管理サービスを提供する。Hy-Veeの「Food is Medicine」プログラムのような、食と薬の融合アプローチは、高齢化が進む日本でも十分に可能性があるのではないでしょうか。

 また、モバイル薬局による地域密着型サービスも参考になります。買い物困難地域や災害時の薬局機能維持という観点から、経営資本に余裕のある企業の地域社会貢献という点で日本でも検討の価値があるでしょう。

 さらに、デジタル技術を活用した服薬アドヒアランスの向上策も注目に値し、参考になります。処方箋の前払い制度やテキストメッセージによる服薬リマインダーなど、患者の利便性向上と健康管理の両立を図る仕組みは、日本の調剤薬局でも導入可能でしょう。

 米国の食品小売業が調剤薬局に注力するのは、単なる商品販売から「健康のトータルソリューション提供者」への転換ともいえます。顧客との接点を最大化し、独自の価値提案を構築できた企業だけが、この激動の時代を生き残れるのです。日本の小売業も、従来の枠組みにとらわれず、新たな価値創造への挑戦が求められています。

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