営業組織全体を強化したい――。どの企業にも共通するこの目標は、新入社員の戦力化の難しさや属人化、非効率な業務といった壁に阻まれてきた。ところが、AIの登場により、それらの課題解決に向けた道筋が見えてきている。
本連載では、キーエンスでエンタープライズ営業とチームマネジメントを経験し、Salesforce認定アドミニストレーターの資格も有する野村幸裕氏(DIGGLE株式会社VP of Sales)と、リクルートやセールスフォースで法人営業のマネージャーを歴任してきた吉岡究氏(DIGGLEセールスイネーブルメント担当)が、セールスイネーブルメントの取り組みやSFA活用の事例を踏まえつつ、AIを使った強い営業組織の作り方を考えていく。
「新入社員が育たない」「営業スキルにバラツキがある」など、営業組織の人材育成やレベルアップに課題を感じている企業は少なくない。しかし、その課題の原因をひも解いてみると、AIによって大きく改善できる可能性が見えてくる。
AIをどのように活用すれば、強い営業組織を作れるのか。第1回では、セールスイネーブルメントの考えをベースに、経営管理プラットフォーム「DIGGLE」(ディグル)を開発・提供するスタートアップ企業であり、6月に17.5億円の資金調達を発表し組織拡大中のDIGGLE株式会社における具体的な取り組み事例を紹介する。
野村幸裕 DIGGLE株式会社 VP of Sales。同志社大学法学部法律学科修了。キーエンスにて9年間エンタープライズ営業やチームマネジメントに従事。その後Sansanを経て、SALESCOREへ参画し営業組織コンサルティング事業部の事業責任者経験後、Revenue責任者としてセールステックのSaaS事業を立ち上げ、グロースを牽引。2023年4月よりDIGGLEに参画
吉岡究 DIGGLE株式会社 Sales Enablement Director。新卒で株式会社リクルートに入社。リクナビ・リクナビネクストの営業・営業マネージャーとして37四半期連続で営業目標達成。その後、スパイダープラス株式会社にてエンタープライズセールス部部長を経て、セールスフォースジャパンに入社。2024年8月にDIGGLE株式会社に入社しSales Enablementを担う──営業組織の強化に際し、課題と感じていたことは。
野村: まず挙げられるのは、新入社員の戦力化に時間がかかっていたことです。研修コンテンツで基礎知識を習得させた後、営業責任者である私がロールプレイングによるテストを実施し、合格すれば商談同席を経て独り立ち、というオンボーディングプロセスを組んでいましたが、ロープレテストの合格までに平均で1カ月以上かかっており、初受注まで1年以上を要するケースもあったんです。
立ち上がりが遅れていた原因の一つは、習得すべき知識の幅広さでした。SaaS営業の常ですが、まず販売する「DIGGLE」というプロダクトと、経営管理・会計というドメインに関する知識が必要です。加えて(業種を問わず幅広い企業で利用できる)ホリゾンタルSaaSとして顧客の業界に関わる知識も欠かせない。経営管理は業界・顧客ごとに大きくやり方が異なるのでなおさらです。
吉岡: その上、知識を一通りインプットしても、ロープレや商談の場でアウトプットできないというメンバーも少なくありませんでした。「分かる」と「できる」に、大きな差があったんですよね。
──AIを活用した取り組みで得られた効果は。
吉岡: 新入社員のロープレテスト合格までの期間は、25営業日から16営業日へと、約40%短縮できました。初受注までの期間も、1年以上かかっていたケースもあったのが、今は5カ月でほぼ平準化しています。
──具体的に何をしたのか。
吉岡: 基礎知識の習得とロープレテストの間に、顧客対応に特化した研修を追加しました。知識を覚えても、自分の言葉で語れるレベルまで咀嚼(そしゃく)できていなければ、プロダクトの一般的な機能の話に終始してしまい、顧客ごとの活用法や効果、競合との違いまでは伝えられません。そのため、“質問を浴びる”時間を意図的に増やそうとしたんです。
とはいえ、単なる“想定”質問では実践的ではありません。過去に実際にあった質問、つまり顧客の生の声からコンテンツを作るにはどうすればいいか。そう考えていた時に思いついたのが、AIセールスアシスタント「Frictio」(フリクシオ)の活用でした。議事録の要約項目を自由に設定できる「プレイブック」機能を使って、顧客の質問と営業の回答を抜き出せばいいと気付いたんです。
そこで、数千件にのぼる商談の質問・回答データを抽出して生成AIで頻出順に並べ、上位100件をQ&Aコンテンツとしてまとめました。これによって、それまで流れてしまっていた商談の「暗黙知」を、「形式知」としてストックできるようになりました。
野村: 商談の録画は以前からしていましたが、勉強会で一部を引用する程度でした。商談全体を分析して体系化できたのは大きな成果ですね。
──取り組みで工夫したポイントは。
吉岡: 質問に対する模範回答を、2つの軸で整理したことです。もともと営業メンバーによって回答内容にバラツキがあり、新入社員が混乱する原因になっていました。そこで、トップセールスの言い回しをベースに模範回答を作り、一般的な回答と補足的な回答に分けて体系化しました。
例えば「スナップショット機能とは?」という質問には、まず「いつ誰が変更したかを確認できる機能です」と伝えるのが基本的な回答で、さらに顧客が理解できていない様子であれば「先週の見込みと今週の見込みを保存して比較できます」といった補足説明を加えるというイメージです。この二段構えにすることで、商談でもそのまま使える実践的なコンテンツになりました。
──新入社員たちの反応は。
吉岡: オンボーディングがしっかりしていると言われるようになりましたね。入社後5営業日で基礎知識テスト80点以上、その後Q&Aコンテンツで学びを深めて16営業日前後で野村さんのロープレテスト合格、約100営業日で初受注というステップが明確なので、知識やスキルを積み上げられている実感があるのだと思います。
野村: 以前もコンテンツ自体はありましたが、点在していて「各自でなんとかキャッチアップする」感じでしたからね。営業は数字を追う職種なので、点数やレベル、期間が数値化されると成長を実感しやすいというのもうなずけます。
──オンボーディング後、課題と感じていたことは。
吉岡: 潜在顧客への営業です。顕在層への営業は、オンボーディング段階である程度できるようになりますが、ニーズが顕在化していない顧客に対しては、課題をどう深掘りするかがカギ。また顧客からの質問に対して、単に機能を説明するのではなく、その質問の背景にある事情まで聞き出す必要があります。
そこで、商談でのヒアリング状況を可視化できないかと考えていたところ、実際に商談を点数化している企業があることを知ったんです。DIGGLEでもそのやり方を応用し、営業メンバーが商談でどれだけ質問できているかを計測してみることにしました。
──具体的な方法は。
吉岡: まず、Frictioの議事録をプロンプトで加工し、「SPIN」や「BANT-C」といった営業フレームワークの質問事項ごとにヒアリング状況を数値化します。DIGGLEでは、そもそも質問できていなければ0点、意図した情報が引き出せていれば3点、背景まで掘り下げられていたら5点としています。
この基準で商談ごとにスコアをつけてみたところ、個人間の違いが明確になり、(部長に当たる役職である)Directorとその他メンバーで点数に有意な差が出ていました。実際の営業力を反映できていると感じたので、組織単位のスコアや月ごとの推移も追うようになりました。
──この取り組みの効果は。
吉岡: 組織全体の平均スコアが月ごとに上がっていきました。他に並行した施策は特になかったので、商談を数字で可視化したこと自体が生んだ効果だと考えています。
確かに、現場でも「今日の商談は●点だった」といった会話が増えていますし、「SPIN」や「BANT-C」が、ただの知識から実務で使える共通言語になったと感じます。点数として見えるようになったことで当たり前のように意識できるようになったのかもしれません。
野村: 商談が点数化できたことで、営業メンバー自身でPDCAを回しやすくなりましたよね。以前は商談に同席した上長が、「もっとこういう質問をした方がいい」などとフィードバックしていましたが、どうしても主観的・定性的な側面はあったかなと。その点、AIが自動で出すスコアは、客観的な評価として受け取りやすいはずです。
しかも質問項目ごとに点数が出るので、苦手分野の把握に役立ちます。ロープレでも、苦手なシーンだけを切り取って繰り返す方が、効率よく総合的な営業力を上げられそうですよね。
──今後の取り組みは。
吉岡: 良い商談の再現性を高めるために、定性的な分析も始めています。例えば、スコアが高い商談の中身を確認すると、ディスカッションのラリーが多い傾向が見られました。今は「質問の有無」だけでなく、やりとりの深さも重要ではないかという仮説を検証中です。
野村: 確かに、質問はしていても、口調や態度に課題がある場合もありますし、現時点の商談スコアを過信するのは危険ですよね。数字の裏側にある定性的な背景にも目を向けることが、今後ますます大切になってくると思います。
──AIを活用して営業組織の強化を図るポイントは。
吉岡: まずはリソースを割くことですね。重要度と緊急度のマトリクスで見ると、AI活用は重要ではあるが緊急度が低い象限に分類されて後回しになりがちなので、あえてそれに集中する担当者を置くのが大切だと思います。その際、最適な枠組みがセールスイネーブルメントです。
野村: フィールドセールスが10人を超えれば、専任のセールスイネーブルメント1人を置くべきだというのが私の持論です。営業マネージャーが兼任するのは、リソースの観点からも現実的ではないでしょう。
セールスイネーブルメントの第一条件は、トップセールスの経験があること。抜きん出た成功体験・知見を持ってるからこそ、そのエッセンスを共有できるわけで、「営業で成果が出ないからセールスイネーブルメントへ」というのは得策ではないと考えています。
もう一つ条件を加えるとすれば、言語化やオペレーションに関心があること。アイスブレイクや接待が得意なトップセールスというのも、個人として優秀な営業人材に違いはありませんが、セールスイネーブルメントはむしろ「再現性」を生み出す仕事です。自分だけでなく、誰もが成果を出せるような仕組みを作りたいという意欲のある人に向いています。
──セールスイネーブルメント成功の秘訣は。
吉岡: 定量と定性、両面で目標を設定することですね。部署目標を全てROIで出す方針の企業もあるでしょうが、セールスイネーブルメントでは現実的に難しい。特に小規模の営業組織では個人差が出やすいですから。DIGGLEでは、新入社員の初受注までの期間といった定量的な目標は設定しつつ、新入社員の成長実感をヒアリングするなどして、定性的な効果も確認するようにしています。
野村: 結局のところ、経営陣がそのような意思決定ができるかどうかが、大きな分かれ目ですよね。
以上が対談内容だ。営業組織を強化するためのAI活用。今回は、セールスイネーブルメントの取り組みをベースに、オンボーディングやスキルアップにAIを用いる事例を見てきた。
次回は、AIをSFAに組み合わせることで、商談の質と効率を高める方法を紹介する。
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