新型AirPods「AI同時通訳」で、Duolingoは株価下落──語学ビジネスの行く末は古田拓也「今更お金とビジネス」

» 2025年09月12日 14時30分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務を手がける。Xはこちら


 米Appleは9月19日、次世代のワイヤレスイヤフォン「AirPods Pro 3」を発売する。

 目玉機能は「AI同時通訳」だ。ユーザーがイヤフォンをつけて会話するだけで、相手の言語が母国語に翻訳されるという。発売当初は一部機能や言語においては利用できないが、少なくとも「言葉」というコミュニケーションの大きな壁はごく近い将来に取り壊されることとなるだろう。

photo AirPods Pro 3(Apple公式サイトより)

 その影響は、語学教室や語学アプリなどを運営する事業者にも及ぶようだ。実際に、AI翻訳に関する新技術が登場する度、株価を下げている企業もある。ビジネスシーンへの影響はどのようなものだろうか。

“英語が分からない”逸失利益がなくなる?

 AI同時通訳のような技術は、Appleのみが主導しているわけではない。テック巨人たちの新たな覇権争いの主戦場だ。

 米Googleの「Pixel Buds」も翻訳機能付きイヤフォンをリリースしており、長年のWeb翻訳で蓄積した膨大なデータを強みとしている。また、米Microsoftはオンラインミーティングなどで使用される「Teams」におけるビジネス領域での翻訳機能活用を進めていく見込みだ。

 これらのプレーヤーにとって同時通訳は、全世界に存在するユーザーを自社のハードウェアやサービスに囲い込むための戦略的な「キラーコンテンツ」となり得るのだ。

 これまで、言語の壁は国際ビジネスにおける最大の取引コストの一つであると言われてきた。通訳者の手配にかかる費用はもちろん、コミュニケーションの齟齬(そご)による遅延や、言語能力の不足が原因で見送られてきたビジネス機会など、その逸失利益は計り知れない。

 AI同時通訳がデバイスに標準搭載され、誰もが意識することなく利用できるようになれば、このコミュニケーションコストは限りなくゼロに近づく。

 リソースの限られる中小企業にとっては、海外進出の心理的・金銭的障壁が劇的に下がり、優れた技術やサービスを世界へ届けるチャンスが大きく広がるだろう。

 大企業においても、多国籍チーム内のコラボレーションが加速し、グローバル規模での迅速な意思決定とイノベーション創出につながることが期待される。

 観光、接客、医療といった現実の顧客接点を有する職場でも、イヤフォンを用いた同時通訳機能が重宝されてくるだろう。

語学アプリ「Duolingo」の株価は下落

 この構造変化の波を最も強く受けるのが、語学サービス業界ではないだろうか。

photo 出典:TradingView

 その象徴が、全世界で数億人のユーザーを抱える学習アプリ「Duolingo」(デュオリンゴ)である。同社はゲーミフィケーションとAIを活用したパーソナライズ学習で急成長を遂げたが、近年はAppleやGoogleといった巨大テック企業が、より高度なAI同時通訳機能をデバイスに標準搭載するとの発表があるたびに、同社の株価は敏感に反応し、下落基調に転じている。

 AirPodsだけでなく、これからも同時通訳機能がデフォルトで搭載されたデバイスが市場には続々と投入されることになるだろう。そうなれば、わざわざアプリを開いて言語を「学ぶ」需要が減るという市場の懸念には一定の説得力がある。

 これはデュオリンゴだけの問題ではない。ベルリッツやGabaといった英会話教室も、「とにかく会話の機会が欲しい」というライトユーザー層をAI同時通訳に奪われる可能性に直面する。

それでも語学ビジネスは終わらない?

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 では、人間の語学学習は全く不要になるのだろうか。

 答えは否である。むしろ、AIにより単純な知識による格差がフラットになり、語学サービスの提供価値そのものが再定義されることになると筆者は考える。

 AI同時通訳の普及は「グローバル人材」に求められるスキルの定義を書き換える。従来、英語力に代表される「言語能力」が評価の大きな部分を占めていたが、これからはその比重が低下する。

 語学がいかに堪能であっても、人間性を欠いた言葉選びをする者にビジネス機会はやってこない。

 言語の壁がなくなったとしても、翻訳AIが言葉の裏にある文化的な背景や思想への深い理解や、非言語的な要素も含めた上で相手との強固な信頼関係を築く能力を与えてくれるわけではない。

 同時通訳という「手段」が洗練されればされるほど、それを使って何を伝え、いかにして信頼を得るかという「目的」の重要性が浮き彫りになるわけだ。

 従って、これからの語学サービスやビジネスマンの語学学習姿勢として求められるのは、単なる「単語や文章の変換スキル」ではなく、人間としてのコミュニケーションという高付加価値領域へとシフトしていくことだ。

 会話の内容に付加価値を提供できなければ「実力はあるが、単に英語が分からなかっただけ」のプレーヤーに負けてしまうことになる。

 AirPodsは従来の言葉の壁を壊す時代の始まりを告げた一方で、人対人における真のコミュニケーションが価値を持つ時代をもたらすのではないか。

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