また、一般的な雇用関連ワードでも、意味合いが相反しているのに、いずれも望ましい取り組みとして扱われるケースを目にします。例えば、「賃上げ」と「人件費削減」。物価高に多くの人々が苦しむ中、春闘での賃上げ率が5%を超え、最低賃金が全国で1000円を超えるなど、賃上げの取り組みは広く歓迎されています。
一方で、残業を減らしたりITツールを活用したりして業務効率化を進めるなど、人件費削減もまた望ましい取り組みだと評価されます。残業が減れば給与は減りますし、業務効率化で仕事を失った人は生活費が得られなくなるものの、会社の利益を増やすという観点からすれば望ましい取り組みということになります。
中には、AIの開発費を捻出するために人員を減らすケースも耳にします。テクノロジーの進化と人々の幸せが天秤にかけられているかのようです。「人間ファースト!」と声高に叫びたくなるほど本末転倒な印象を受けますが、経済的価値の向上や社会の発展といった観点からは合理的な取り組みなのかもしれません。
雇用系バズワードに話を戻すと、意味が真逆なのに同時期に広がっているものが他にもいくつも見られます。「残業キャンセル界隈」に対して「静かな昇進」、「静かな退職」及び「カタツムリ女子」に対して「静かな繁栄」といった具合です。
しかし、それら一見すると目新しく映るワードの内容をそれぞれ簡潔に整理してみると、以下のようになります。
誰でもこれらに当てはまる人を1人や2人、思い浮かべられるのではないでしょうか。いずれも新たな働き手の特徴や職場で起きた現象というより、キャッチーな表現を用いて以前から見られたことを言語化し直したに過ぎません。
中には、出社回帰傾向が強まる中でコーヒー1杯飲む程度の時間だけ出社し、職場に来た証拠を残して在宅勤務に戻る「コーヒーバッジング」のように、時代変化によって生じた新しい現象がバズワード化するケースもあります。
しかし、多くは以前から局所的に見られた現象であり、切り取り方がウケて、バズワード化したことで注目を浴び一気に広まったものです。そのため、正反対の意味を持つワードなのに同じような時期に広がるようなことも起きます。
そんな一貫性がないように思える事態が生じるのは、働き手の志向や価値観の多様さ、市場環境をめぐる変化の速さなど、雇用に関わる課題が複雑で予測不可能だからなのかもしれません。
だとすれば、これからも新しい雇用系バズワードが次々登場することになりそうですが、過度に影響されないよう注意する必要があります。キャッチーな言葉に引っぱられると、「いまどきの社員は静かな退職を決め込んでやる気がない」とか「仕事が終わらなくても残業キャンセルするのがクールな振る舞い」などと決めつけてしまい、振り回されるようなことになりかねません。
一方で、バズワードには働き手の特性を分かりやすくイメージさせる効果があります。働き手にとっては自身の働き方を客観的にとらえて位置付けを確認したり、キャリア形成の参考にする上で役立つこともあるでしょう。
職場においても、マネジメントする立場の人が働き手の特徴を理解する一助となるかもしれません。漠然と感じている現象が名称を持つことでイメージに輪郭がつけられると、課題が可視化されて対処しやすくなったりもします。
雇用系バズワードを鵜呑みにして振り回されるのでもなく、頭ごなしに否定するのでもなく、功罪両面を認識した上で、上手に活用していく姿勢が大切なのではないでしょうか。
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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