「静かな退職」や「残業キャンセル界隈」など、いまも雇用周りではさまざまなバズワードが飛び交っています。これらの言葉はキャッチーで、社会の空気を的確に捉え、多くの人々の共感や反発を呼び起こしつつ広がっています。
ただ、雇用系バズワードの内容を確認してみると、必ずしも新しい現象ばかりというわけでもなさそうです。「コスパ良く働きたい」「会社にしがみつきたくない」と考える人たちは、静かな退職という言葉が流行するよりずっと以前から存在していました。
また、意味が真逆の言葉なのに、同時期に流行するという不可解な現象が起きることもあります。生み出されては飛び交う雇用系バズワードが新たな問題提起につながることもある一方、過剰反応が起きると社会が振り回されてしまいかねません。どのような点に注意すべきなのでしょうか。
ワークスタイル研究家/しゅふJOB総研 研究顧問/4児の父・兼業主夫
愛知大学文学部卒業。雇用労働分野に20年以上携わり、人材サービス企業、業界専門誌『月刊人材ビジネス』他で事業責任者・経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。
所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声をレポート。
NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
例えば「リベンジ退職」というワード。これは何らかの不満を抱えた社員が会社に反発する言動を示し、報復(リベンジ)心を持って辞める行為を指します。具体的には退職にあたって上司や同僚に暴言を吐いたり、SNSに会社の悪口を書き込んだり、きちんと業務の引き継ぎをしないなどの行為です。
また、リベンジ退職とはニュアンスが異なるものの「ジョブホッピング」というワードもあります。より好条件な、よりやりがいを感じそうな仕事などを求めて、次々と跳び歩く(ホッピング)ように転職を繰り返す行為のことです。
リベンジ退職が会社への報復というネガティブな動機なのに対し、ジョブホッピングの動機にはやりがいを求めるといったポジティブな面があるように感じる点は異なるものの、どちらも能動的に退職を選ぶ姿勢を示している点で共通しています。
一方で、対照的なのが「しがみつき」(ジョブハギング)というワードです。仕事内容や給与条件、職場環境などに不満があっても退職せず、会社に残り続ける行為を指します。終身雇用制度の名残がある日本の職場で、“働かないおじさん”などと揶揄(やゆ)される年配社員の“しがみつき”は、かねて使われ、いまでもよく耳にするお馴染みのバズワードです。
また、雇用情勢の悪化がうわさされている米国では、ジョブハギングが最近のトレンドを表すワードとして聞かれるようになってきています。何があっても会社を辞めず残り続けるという社員の姿勢は、リベンジ退職やジョブホッピングに見られる姿勢とは真反対です。
これら相矛盾する意味合いのバズワードは、時期を区切ってどちらか一方だけ登場することはあまりありません。「バブル世代」と「就職氷河期世代」のように年数で区切られるケースはまれで、多くは「最近リベンジ退職する人が増えている」といった具合に、その時々に見られる特徴的な雰囲気を伝える言葉として生み出されては消費されています。
似た印象の対照的な雇用系バズワードは、他にもあります。
例えば「アルムナイ制度」と「退職代行」。アルムナイ制度とは、退職後も社員と会社が良好な関係性を維持する仕組みを言います。社員の転職先と取り引きしたり、独立した社員に仕事を依頼したり、退職後何年かして再雇用したりといった取り組みです。
それに対して退職代行は、専門業者に依頼して自分の代わりに退職意思を伝えてもらうサービスです。中には相手がブラック企業で、社員が退職意思を伝えづらい状況に置かれているケースもありますが、他人を通して退職意思を伝え聞いた会社側は、礼儀を欠く行為だと受け止めるでしょう。
つまり退職代行の利用が意味するのは、社員側にとっては非礼に思われて会社との関係性が切れても仕方ないという、覚悟の表れだと見なすことができるのです。一方、会社側としては、自社に非があるかどうかは別にしても、退職代行を使われるほど社員を追い込んでいたことを意味します。
在籍中も退職後も良好なつながりを維持しようとするアルムナイ制度の背景にある関係性と、せっかくつながった縁を断とうとする退職代行の背景にある関係性は正反対に位置するものです。ところがアルムナイ制度の導入が普及する一方で、退職代行に対する注目も高まってきているという真逆の状況が同時期に生じています。
雇用系バズワードが広がると、「社会全体でリベンジ退職する人が増えている」などと世の中全体の動きであるかのように人々の中で印象付けられがちです。しかし、意味合いが相矛盾するワードも同時期に聞かれる場合、それらを雇用全体の傾向として受け止めると整合性がとれなくなります。
もし「リベンジ退職する人が増えている」こと自体は事実だったのだとしても、相矛盾するバズワードも同時期に聞かれるのであれば、それは雇用全体の傾向ではなく、局所的に目立って生じた現象を表現したに過ぎないと受け止めた方が自然です。
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