新入社員が経営層をリードする――。NECが一風変わった研修によって、社内の「世代知の接続」を図ろうとしている。この研修は、新入社員が役員ら経営層とチームを組み、新入社員主導で約2時間かけて簡単なアプリ開発をするものだ。
研修では、「社員のウェルビーイング(Well-being、心身の健康や幸福)が小さく向上する企画」をテーマに、3〜4人ずつのチームに分かれて、社内の課題解決につながるスマートフォン向け簡易アプリ(試作品)を開発し、発表する。
業務課題をその場で付箋などを使って可視化。簡易アプリ開発をすることで、若手のデジタル感覚と経営層の知見を結び付ける。これにより、役員側の若手登用意識と具体的な行動変化、そして新入社員の成長機会の拡大を同時に狙う。
こうした若手社員がベテラン層に教える研修を「リバースメンタリング(RM)研修」と呼ぶ。NECは同研修を2024年から取り入れ、毎年7月ごろに実施している。単独でも2万人を超える従業員を擁するNECで、この変わった研修を取り入れた理由は――。
経営層が若手社員からノウハウを得るRM研修の起源は1999年、米GEによると言われる。当時GEのCEOだったジャック・ウェルチが、若手社員からインターネットやICTなどを学ぶ仕組みとして制度化した。GE以後もP&G、3Mなど米企業を中心に波及したようだ。
国内企業ではP&Gジャパンが2004年に導入。その後、資生堂が2017年に本格的なプログラムとして展開した。2020年には住友化学も試行的に取り入れている。いずれも幹部が若手からデジタルや消費トレンドなど、最先端の情報や技術を学ぶ枠組みとして整えているのが特徴だ。
このようにRM研修は製造業を中心に日本でも導入が始まっており、近年ではUBSや東京海上日動など、金融業などにも広がりを見せている。
NECは2024年に、RM研修を取り入れた。導入を進めたのが、NEC ピープル&カルチャー部門 カルチャー変革エバンジェリストの森田健氏だ。森田氏は、「会社として新入社員と役員の接点を意図的に設計し、若手のデジタル感覚と役員の経験知を噛み合わせて使う場を作りたかった」と導入の狙いを話す。
RM研修実施にあたっては、教育テック企業のライフイズテック(東京都港区)とパートナーを組み、同社の知見を取り入れながら実施している。
RM研修導入の背景には、NEC若手社員の離職率やエンゲージメントの課題があった。特にIT人材において、新卒入社した会社に定年まで勤め上げる発想は過去のものとなっている。
ITエンジニアは、転職市場で引く手あまたなのが実情だ。新卒でNECに入社したとしても、早ければ3〜5年でよりよい報酬と環境を求めて転職してしまう技術者もいる。この動向は優秀なエンジニアほど顕著であり、NECとしてはこうした人材の社外流出をいかに防ぐかが課題なのだ。
それまでNECが新入社員に実施していた研修方法は、どちらかといえばOJTに偏っていた。OJTは忙しい現場やピープルマネージャーの負荷増と相まって、若手と役員が交わる場を生みにくく、学びと登用が「現場任せ」になりがちだったという。
そこで導入したのが、RM研修だ。RM研修では、会社主導で新入社員と経営層との接点を作ることで、新入社員のエンゲージメントを高める狙いがある。研修では新入社員が進行役となり、役員ら経営層が日ごろ感じている社内の具体課題をヒアリングし、可視化する。そしてその課題を解決できる試験的なスマートフォンアプリ開発を1〜2時間で試作する流れだ。
これにより、新入社員にとっては今社内でどんな課題意識があるのかを学べるメリットがある。また経営層にとっては、最先端技術でどんな課題解決方法があるかを知れる機会となるのだ。
RM研修の対象者は、新入社員であれば誰でも挙手制で参加が可能だ。当日、スムーズに進行できるよう、参加者には事前にファシリテーションや進め方の追加トレーニングを4日間実施。当日は新入社員が進行役となって、テーマに関する課題を可視化する。プログラミング知識がない社員主体のチームでも研修できるよう、プログラミング言語を用いないノーコードでも設計できる簡易アプリ開発を、ゴールにしている。
2回目となる2025年のRM研修は、新入社員800人中250人が参加を希望。このうち約80人を選び、1回あたり40人、2回に分けて本社で実施。経営層からは、役員・部門長・統括部長が1回あたり35人ほどの参加があった。
当日は、新入社員と経営層が3〜4人前後のチームを組み、研修が始まった。今年は「NEC社員のWell-beingが小さく向上する企画」をテーマに、課題の可視化から短時間のアプリ試作まで一気通貫で行う流れで進む。
冒頭、新入社員が進行役として場づくりをし、テーマに関する課題を出し合いながら、模造紙や付箋を使って「書き出し→整理→構造化」の手順で論点を可視化した。続いて、可視化した論点を基に、ノーコードなどを用いたアプリの試作に着手。限られた時間内にプロトタイプを形にした。
この作業が一段落すると、各班が成果を披露。他班と対話しながら学びや気付きを広げる。全体の所要は約2時間にわたって実施した。
経営層からの評判はどうか。RM研修に参加した、中谷昇CSO(最高セキュリティ責任者)は、「新入社員と経営層の関係は従来ワンウェイだが、この研修はツーウェイで対話し、年齢差や常識・背景の違いを擦り合わせる稀有な機会」と評価する。
「デジタルに強い世代と、そうでないわれわれの世代では問題の捉え方の出発点が異なります。その差を前提に、互いの発想と経験を掛け合わせることにRM研修の意味があると思います」(中谷CSO)
中谷CSOは、若い世代と経営層の年代における「デジタルの捉え方の違い」についても指摘する。
「若い世代の人達は、まず全体をデジタルで設計します。経営層は、『組織全体の中でどこをデジタル化するか』から入る傾向があります。その差を前提に、若手の発想力と実装スピード、そして経営層の課題発見や優先順位付けといった経験知を掛け合わせられるのがRM研修の意義です。RM研修から得られる『プロセス全体をデジタルで捉える思考と実装の型』は、組織の改善や運用を効率化し、他業種にも展開可能だと感じています」(中谷CSO)
一方、新入社員の参加者からはRM研修を通じ、「役員からWell-beingの案がすらすら出てきて、フィードバックも豊富にあった」「知識量、コミュニケーション能力、伝える力など、やはり出世する人には、その理由があると思った」といった声が出た。
中谷CSOは、「デジタル化以外でも、とりわけ製造や『職人の世界』のような領域でも世代を超えた共通言語を見いだしやすく、RM研修は有効ではないか」と話す。製造業に限らず、幅広い業種でも部下が上司を教えるRM研修は有用かもしれない。
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