1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務を手がける。Xはこちら。
2022年11月に登場して以来、わずか2年半足らずで世界の成人人口の約1割にあたる7億人以上が利用するまでに成長した生成AIの「ChatGPT」 。
その驚異的な普及は、ビジネスから日常生活に至るまで、社会の在り方を根底から変えつつある。これまで多くの専門家がその経済効果を生産性向上という文脈で語ってきたが、実際のところ、膨大な数のユーザーは一体何にこの革新的なテクノロジーを使っているのか。実態はベールに包まれてきた。
しかし2025年9月、開発元である米OpenAIの研究者らが米国経済研究所を通じて発表した論文「人々はどのようにChatGPTを使うか」(How People Use ChatGPT)はその問いに答えている。
ChatGPTの経済的インパクトを論じる際、その中心は常に「労働生産性の向上」にあった。しかし、論文が示した衝撃的な事実の一つは、その利用実態が仕事関連のタスクから日常ユースへ大きくシフトしていることである。
データによれば、2024年6月時点で53%だったプライベート関連のメッセージは、わずか1年後の2025年6月には全体の73%にまで急増している。仕事関連の利用も絶対数では伸びているものの、それをはるかに上回るペースでプライベート利用が拡大しているのだ 。この傾向は、新規ユーザーだけでなく、初期からのユーザー層においても同様に確認できるという 。
これは、生成AIの価値を労働生産性という枠組みだけで捉えることの限界を示唆している。趣味の探求、学習支援、日常的な悩み相談など、個人の利用という隠れていた巨大な需要を満たしているのだ。
では、具体的にユーザーは何を求めてAIと対話しているのか。論文では、膨大なメッセージを内容分析し、その内訳を明らかにした。利用目的のトップ3は「実践的な壁打ち」「情報収集」「文章作成」であり、この3つだけで全体の約8割を占める 。
「実践的な壁打ち」とは、特定のスキルを学ぶためのハウツーや個別指導、アイデア出しなどが含まれ、全利用の約3割を占めている。特に注目すべきは、メッセージ全体の1割以上が「個別指導・教育」に関連していることだ。宿題や課題の代行といった目的から、パーソナライズされた自分だけの学習ツールなど、用途はさまざまだろう。
一方、仕事関連の利用に絞ると、その様相は一変する。最も多い用途は「文章作成」であり、全体の4割を占める。具体的には、電子メールの作成や要約、翻訳、校正といったタスクが中心だ。これは、従来の検索エンジンが情報の「検索」に特化していたのに対し、生成AIがデジタルな成果物を「生成」する能力を持つという、本質的な違いを明確に示している。
興味深いのは、これまで生成AIの主要な用途と目されてきた分野の利用が、想定よりも限定的だったことだろう。「コンピュータプログラミング」は全体のわずか4.2% 、「人間関係の相談」といった用途も1.9%にとどまった。
本論文の最も深遠な分析は、ユーザーの「意図」に着目した点にある。研究チームは、ユーザーの要求を「尋ねる」「実行させる」「表現する」の3つに分類した。
「実行させる」は、AIに文章作成やコーディングといった具体的なタスクを直接実行させる、いわば「代行者」としての利用法だ。
一方で「尋ねる」は、意思決定の質を高めるための情報や助言を求める使い方であり、AIを思考のパートナー、すなわち相棒として活用するアプローチと言える。
分析の結果、全体の利用では「尋ねる」が49%と最も多く、「実行させる」の40%を上回った。さらに、過去1年間で「尋ねる」は「実行させる」よりも速いペースで成長しており、ユーザーの満足度も「尋ねる」の方が高い傾向にあるという 。
この傾向は、専門的な職業に就くユーザー層でより顕著になる。
彼らはAIを仕事で使う割合が高いだけでなく、その中でも単純作業を「実行させる」よりも、高度な意思決定のために「尋ねる」形で利用する頻度が著しく高いという。
これは、AIの価値が、単純なタスクの自動化から、人間の知的能力を拡張する方向へと進化していることを示唆している。経営学の知見に照らせば、これは知識集約型の業務において、より質の高い意思決定が生産性に直結するという原則とも合致する。
今回のOpenAIの論文が示したのは、生成AIというテクノロジーが人類の生活に広くに組み込まれつつあるという現実ではないだろうか。
仕事の生産性向上という側面は依然として重要だが、その価値はもはや効率化や自動化だけでは測れない。プライベート領域での利用拡大は、これまで実現されてこなかった個人の幸福度向上という、新たな価値提供を実現できる可能性を秘めている。
企業にとっての教訓もまた明らかだ。生成AIを単なるコスト削減や作業の自動化ツールとして導入するだけでは、その真価を引き出すことはできない。
従業員一人一人の意思決定の質を高め、創造性を刺激する「相棒」としていかに組織に組み込むか。その戦略こそが、今後の企業の競争力を左右するだろう。
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