2019年7月に公開し、全世界で2億7000万ダウンロードを超える大ヒットとなったソーシャルアドベンチャーゲーム『Sky 星を紡ぐ子どもたち』。仮想世界で人と人がつながれるユーザー体験が評判となり、日本でも女性層を中心に幅広いヒットとなり、App Storeの売り上げランキングで10位以内に入ったこともある。8月8日からはアニメーション映画『Sky ふたつの灯火 − 前篇 −』が日本国内で劇場公開された。
『Sky』の開発元は、米カリフォルニア州に本社を置くゲーム企業thatgamecompany(TGC)。TGCは2006年、中国・上海のゲームデザイナー、陳星漢(ジェノヴァ・チェン)氏が設立した。チェン氏は22歳で渡米し、25歳のときに遠い異国の地でゲームクリエイターになるべくゲーム会社を起業した。
なぜ、故郷を離れ米国でゲーム会社を始めたのか。『Sky』のディレクターで、TGC創業者のジェノヴァ・チェンCEOに聞いた。
ジェノヴァ・チェン(thatgamecompany クリエイティブ・ディレクター兼CEO)上海交通大学でコンピュータサイエンスの学士号を取得後、2006年に南カリフォルニア大学(USC)映画芸術学部のインタラクティブメディアプログラムで美術学修士号を取得。エレクトロニック・アーツを経て2006年にUSCの同窓生と共にthatgamecompanyを設立。これまでにインディーゲームの傑作『flOw』『flowery』、年間最優秀ゲーム賞をはじめ世界中のアワードで絶賛された『風ノ旅ビト』、そして2019年リリースの『Sky 星を紡ぐ子どもたち』を手掛けてきた。ジェノバ氏の作品は、感情的なつながりと芸術的表現の媒体としてのゲームを探求し、社会のビデオゲームに対する認識を変えるべく、次世代の開発者たちに影響を与え続けている――チェンさんは中国・上海の出身です。そこから渡米し、TGCを立ち上げました。その経緯について教えてください。
私は今年で44歳になりますが、22歳までは中国で過ごしました。大学卒業後、渡米し22年間過ごしてきました。つまり、今年でちょうど人生の半分を米国で過ごしたことになります。今後は米国生活の方が長くなっていく転機を迎えています。
私が2003年に渡米した当時、中国のゲーム産業は、今では想像もできないほど小規模なものでした。実は先日、「ChinaJoy」という中国最大のデジタルエンターテインメント系カンファレンスに参加していたのですが、現在の中国ゲーム産業の盛り上がりを目の当たりにして、本当に驚きました。ただ私はこの22年間、米国にいたため、中国におけるゲーム産業の発展を、ある意味では見逃してきたとも言えます。
子どもの頃の私は、日本製や米国製のゲームで遊んで育ちました。上海交通大学を卒業後、映画を学ぶために米ロサンゼルスの南カリフォルニア大学映画芸術学部の修士課程に進学しました。その時に自分の文化理解の不足を痛感したのです。
それまで西洋のポップカルチャーに触れてこなかったので、映画監督を目指すにはハンデが大きいと感じました。例えば、米国ではアメリカンフットボールが非常に人気ですが、その題材で映画を作るには競技ルールだけではなく、アメリカンフットボールにまつわるさまざまな文化的背景の理解が不可欠です。けれども当時の私にはそれが足りていなかったのです。
一方で、ゲームに関しては違っていました。『マリオ』や『ゼルダ』、そして米国の『Duke Nukem』のような作品も遊びながら育ちました。つまり、私は米国で育ったわけではありませんが、日本や米国のゲームを通じて、世界のゲームファンと同じ体験を共有している自覚がありました。だからこそ、映画よりもむしろゲームなら自分でも世界中のファンと共感し合える作品が作れるのではないか。そう考えて、ゲームの道に進むことにしたのです。
――つまり、最初は映画の道を考えていたけれど、その文化的背景の理解が共有できていなかったために、ゲームづくりへとシフトしたわけですね。
その通りです。私が映画学校に入った時の夢は、実はピクサーの監督になることでした。当時の中国のゲーム産業はまだ大きくなく、ゲームを仕事にできるとは夢にも思わなかったのです。ですから、最初は映画しか選択肢がないと考えていたわけです。
――そしてチェンさんは、渡米して3年後の2006年、TGCをカリフォルニア州で設立します。これは映画学校を卒業してすぐのタイミングで起業したのでしょうか。
実際には卒業間際の学生時代に制作したゲームがきっかけでした。その時、ありがたいことにソニーなどのパブリッシャーから資金提供の申し出をいただけることになったんです。学生制作の中でいくつかの作品を発表したのですが、その中の一つが大きな賞を受賞しました。その実績によって、大手パブリッシャーから支援を受けられる機会に恵まれました。
――その受賞作はどのような作品だったのでしょうか。
『Cloud』というタイトルの作品です。これは子どもが空を飛び、汚染された地上を新しい雲によって浄化していく内容でした。実はこのテーマは『Sky 星を紡ぐ子どもたち』とも強く関連しています。『Sky』は、この学生時代の『Cloud』の続編とも言える作品なのです。
――なるほど。つまり『Sky』は学生時代から温めてきた企画であり、それが後に世界的な大ヒットになったわけですね。
はい、その通りです。当時から描いていた構想を長く温め続けてきた結果です。少し長く時間がかかりすぎたかもしれませんが、ようやく実を結んだのは大変ありがたいことでした。
――『Sky』の公開は2019年で、TGC設立から13年後です。創業後すぐにこの開発に着手したわけではないと思います。起業後はまず、どのように事業を展開していったのでしょうか。
会社設立後、開発に取り組んだ作品が3つありました。ソニーのPlayStation Network向けに『flOw』(2006年)、『Flowery』(2009年)、『風ノ旅ビト』(2012年)と制作していきました。これらはいずれもリリース時点でPlayStation Network内最多ダウンロード数を記録できました。
――多くのゲーム会社は、創業直後は下請けから始まることが珍しくない中、最初から自社開発のオリジナル作品で勝負していたわけですね。
はい。私たちの会社のDNAは、誰も作ったことのないゲーム、他の誰も遊んだことがないユーザー体験を生み出すことにあります。それは経営上、非常に大きなリスクを伴いますが、それでも自分たち自身のオリジナル作品を生み続けることを大切にしてきました。
――ゲーム制作には多額の資金が必要になると思うのですが、その資金調達はどのようにしていたのでしょうか。最初は映画学校時代に制作した作品がアワードを受賞し、その流れでソニーなどとの関係から資金調達が可能になったのでしょうか。
確かに学生時代の作品が評価され、ソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)とのつながりを得られたのですが、当時のダウンロード型ゲーム市場はまだ非常に小さいものでした。『flOw』『Flower』『風ノ旅ビト』はいずれも当時のPlayStation Networkにおいて最多ダウンロード数を記録しましたが、それでも市場規模が大きくなかったため、売り上げによって潤沢な資金を確保できたわけではありません。結果として、新しい作品を作るためには、常に次の資金提供をパブリッシャーへ依頼せざるを得ませんでした。
ですから経済的に独立できたといえるのは、実はごく最近のことです。本格的に自立を果たせたのは、『Sky 星を紡ぐ子どもたち』が成功を収めた2020年以降のことになります。それまでの14年間は、常に資金繰りに不安を抱えながら走り続けてきたというのが正直なところです。
私が会社を立ち上げた当初は、今とは異なり、ゲームに投資するベンチャーキャピタルがほとんど存在しませんでした。当時の業界では、ゲームが非常にリスキーな商材と見なされ、資金を求める先はパブリッシャーしかなかったのです。たとえ『風ノ旅ビト』が年間最優秀ゲームを獲得し、当時のプラットフォームで最も売れたタイトルとなったとしても、会社自体は倒産寸前の状態でした。売り上げや評価と同時に、市場の規模そのものが企業の健全性を支える大きな要因であることを痛感しました。
また、私たちのゲームは性別や年齢を問わず、誰にでも楽しんでもらいたいと考えて制作しています。暴力や争いを排除し、むしろ共感やつながりをテーマにしているので、多くの女性プレイヤーにも支持していただいています。しかし、当時の家庭用ゲーム機市場のユーザー層はどうしても男性中心でした。そのため、自分たちの作品を本当に幅広い層に届けるには、既存のプラットフォーム以外に活路を見いださなければならないと考えるようになったのです。
幸運だったのは、2012年に『風ノ旅ビト』をリリースした直後の時期に、ちょうどモバイルゲーム市場が急速に成長を始めていたことです。これをきっかけに、ベンチャーキャピタル(VC)がモバイルゲームへの投資をスタートし、私たちもようやく初めてVCからの資金調達を実現しました。そして、その資金によって開発を始めることができたのが『Sky』だったのです。
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