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スポーツ人口をどう増やす? 日本サッカー協会副会長と朝原宣治氏に聞く、“人手不足”解消の道筋JFLとユニクロがタッグ

» 2025年10月04日 08時00分 公開
[武田信晃ITmedia]

 少子高齢化は、日本経済にとって最重要課題の一つだ。特にコロナ禍が落ち着いた今、多くの業界で、人手不足という形で顕在化している。このまま人手不足が続けば、生産性は低下する一方だ。企業は新規事業にも着手できず、ひいては日本全体の経済力の低下を招く。

 実はスポーツの世界でも同じような課題が出ている。スポーツをする子どもが減っているのだ。このままスポーツ人口が減れば、近年、世界で好成績を収めている日本のスポーツ界全体のレベル低下を招く可能性がある。

 この状況に危機感を持ったのが、日本サッカー協会(JFA)だ。ユニクロと手を組み、サッカーに限らず野球、陸上、ラグビーの関係者を巻き込んで、子どもたちにスポーツを好きになってもらおうと「JFA ユニクロマルチスポーツキッズ」を6月に開催した。同イベントは、スポーツを通じた子どもたちの成長を支援する新たな取り組みだ。

 JFAの西原一将副会長と、同イベントで実際に子どもたちを指導した陸上競技元選手で大阪ガス所属の朝原宣治氏に、インタビューした。

日本サッカー協会はユニクロと、サッカー、野球、陸上、ラグビーの関係者を巻き込んで「JFA ユニクロマルチスポーツキッズ」を開催した(以下、筆者撮影)

スポーツをする機会の減少は「地方で深刻」に

 西原副会長は普段、業務用食品卸商社である西原商会(鹿児島市)の社長を務めている。その中で「人手不足の問題を痛感している」と話す。同時にJFAでスポーツに携わっている当事者として、「今、対策を講じておかないとスポーツをする子どもが減ってしまう」という危機感を持っている。

 「少子化によって子どもが減る中で、サッカーの登録人口も減少しています。ですが、まずはサッカーだけというより、スポーツそのものに関わる人を増やしたいと思いました」と、キッズ向けの取り組みを重視した理由を話す。

 子どもたちが健康に過ごしていくために「スポーツが果たすべき役割は、少子化の世の中でも変わらない」と話し、スポーツは子どもの健康に寄与すると信じている。

西原商会社長で、日本サッカー協会副会長の西原一将氏

地方では「1校単独ではチームを結成できない」

 国は現在、少子化と教員の負担増の観点から、学校での部活動について改革を実行している。これまで部活動は、基本的に学校教員が担ってきた。だが長時間労働の問題が顕在化し、特に地方での部活動がしにくくなっているという課題が出ているのだ。

 西原副会長によると「地方ではすでに1校単独ではチームを結成できない現状があり、いくつかの学校が連合チームを組むことも増えてきました」という。国は代替案として、各地域にクラブチームを用意し、そこで指導をしてもらおうとしている。だが、指導者の工面すら、ままならない地域もあるという。

学校では順位をつけない 一方で世の中は競争社会

 学校現場では、運動会で徒競走を廃止するなど順位をつけない施策を実行している。だが一方で、一歩ビジネスの現場に出ると、グローバル化を始めとした“熾烈(しれつ)な競争”が待ち受けているのも事実だ。西原副会長は「スポーツには、いい意味で現実を知るという役割もある」と話す。

 「小学校低学年のような年代の子どもたちは、まず楽しくプレーすれば良いのです。中学、高校になり(遊びから)競技に変化した選手たちに対しては、厳しさを教える形で良いと考えます」

 西原副会長はJFAが推進する「日本型ダブルピラミッド」を例に出した。このピラミッドは、競技として真剣にプレーするサッカーと、生涯スポーツとして純粋に楽しむサッカーの2つを同時に推進していく方針を表している

 「特に生涯スポーツとして長期間プレーする軸は、非常に大事だと考えています。一度、プレーを辞めた後、『またやってみようかな?』という層を、増やしたいですね」

JFAが推進する「日本型ダブルピラミッド

「ほめて伸ばす」から「モチベーションをどう上げるか」にシフト

 西原副会長は「時代の変化とともに、子どもたちへの指導法も、会社での部下に対する指導法も様変わりしました」と話す。

 「以前は『ほめて伸ばすという指導法』でした。ですが今は、モチベーションをいかに上げるか? という、より根源的なところにシフトしています。生徒により考えさせることを促す指導法が、少しずつトレンドになっているのです」

 西原副会長自身の会社でも、社員のモチベーション向上は大きなテーマだ。「モチベーションが会社の行く末を決める状況です。社員とはコミュニケーションをできるだけ多くとるようにしています」と話す。つまり、スポーツとビジネスは「動く人の士気向上が結果に結びつく」点で、共通点があるようだ。

JFA ユニクロマルチスポーツキッズであいさつした王貞治氏(筆者撮影)

朝原氏「スポーツ活動が塾のようになりかねない」

 イベントで陸上の指導を担当したのが、2008年北京オリンピックの「4×100メートルリレー」の銀メダリスト、朝原宣治氏だ。指導した感想を聞くと「低学年なので3種目目ぐらいからは、飽きた様子もありましたが、スポーツに触れてもらい『体を動かすのが気持ちいい』と思ってもらうことが重要です」と答えた。

 幼いうちから運動習慣をつけることの重要性も説く。「川で泳いだり、山を走ったりするのでもいいのですが、子どもの時に運動の習慣をつけないと、その後、習慣づくことはほぼありません。(極端に運動しない子どもが増えると)近い将来、健康面で何らかの弊害が出てきそうな気がしています」と話す。

 運動不足による健康不安が発生することを、危惧しているようだ。

 サッカーや水泳などは、部活動に加えて全国各地にクラブがあるので、競技する子どもを確保しやすい部分がある。一方、陸上などは全国各地にクラブ組織があるわけではない。そのため、競技人口の拡大や優秀なアスリートの発見は、学校の部活動に依存する傾向がある。朝原氏は「国の方針変更により、選手の確保がより難しくなってくるのでは?」と話す。

 もし部活がなくなることによって、今まで無料でできていたスポーツが、お金がかかるようになるならば「きっと、スポーツが塾のようになりますよね。スポーツを辞める人が出てくるのではないかと心配です」と話す。

 スポーツは、友人を作ったり、人間関係を学んだりできる場でもある。だが、それができなくなるのも怖いと話した。ビジネスの世界では、リモートワークが広がった影響によって、社員同士の接触機会が減り、コミュニケーションに苦労している上司と部下の実態がある。これらの状況は、社員にとっても企業にとっても損失でしかない。

イベントで陸上の指導を担当したのが、北京オリンピック銀メダリストの朝原宣治氏だ(提供写真)

陸上、サッカーの次はダンス

 朝原氏は2010年から陸上競技クラブ「NOBY T&F CLUB」を運営してきた。2025年4月には、それにサッカースクールを加えた「NOBY SPORTS CLUB」も設立。将来的には幅広い世代が集い、多様なスポーツを個々のレベルに応じて楽しめる総合型地域スポーツクラブを目指している。

 「これは私が所属している大阪ガスグループの取り組みです。目的は会社のブランディングと地域活性化にあります」。企業活動の一環としてのスポーツで、それが地域貢献と市民の健康増進につながるのであれば、有意義な取り組みだ。

 この源流には、朝原氏が1995年から3年間ドイツに留学した時、「スポーツシューレ」と呼ばれる地域密着型のスポーツクラブを体験した経験が大きいという。

 「ドイツの総合型のスポーツクラブを見て、自分でも運営してみたいという思いはずっとありました。まずは、体育館で一緒に基礎的な練習をし、熱中症対策やトレーニング方法も共有してみたいですね」

 現在、クラブ全体で約620人の子どもたちが所属している。この取り組みを日本でも続けられそうかと聞くと「うちは、企業が支えているので、成り立ちがドイツとは違います。ただ、自治体によるクラブ、(総合スポーツクラブでもある)アルビレックス新潟のようにスポンサーをつけるやり方など、いろんな形があるはずです」と答えた。クラブに合った運営方法を模索するべきだと考えているようだ。

 この次は、ダンスをやりたいと考えているという。「スポーツから離れた割合を見ると、特に女の子の離れた割合が高いのですが、ダンス人口だけは増えています」。若者のダンス人口が増えている背景には、学校の授業でダンスが必修化されたことが大きいことを、DリーグCOOのインタビュー記事【日本発スポーツビジネスの“業界標準”を作れるか ダンスのプロリーグ「D.LEAGUE」の挑戦】でレポートした。1つのクラブでいろいろなスポーツができるようになれば、スポーツシューレのような理想形に近づくことは間違いない。

朝原氏は2010年から陸上競技クラブ「NOBY T&F CLUB」を運営。2025年4月には、それにサッカースクールを加えた「NOBY SPORTS CLUB」も設立した(インタビューに応じた朝原宣治氏)

スポーツ界と日本企業 抱える問題は同じ

 少子化の影響を考慮すると、まずは子どもにスポーツに触れてもらうことが重要だ。西原副会長と朝原氏には、共通した課題意識を感じた。「日本型ダブルピラミッド」のように、途中でサッカーをやめるのではなく、生涯スポーツとして長く楽しんでもらおうとする発想も面白い。少なくともJFAやユニクロは、そのように門戸を広げる努力をしている。

 人口が減少している中で、いかにしてその世界に入ってもらうか。この課題は、企業の採用現場でも同様に存在する。人手不足を解消したいのであれば、給与の引き上げや雇用条件を改善するだけでは不十分なのだ。まずは業界や会社の魅力を伝えるところから始める必要性があるのかもしれない。

 新卒者の高い離職率も問題になっている。だがより根源的には、彼らのモチベーションを、いかにして上げるかを考える必要があるのだ。スポーツ選手と同様、企業も社員のモチベーションを上げることが何より肝要で、それこそが経営者のすべきことではないか。 

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