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【経営層必読】サステナビリティ情報開示が「今後の企業価値」を決めるワケ

» 2025年10月21日 09時09分 公開
[中西享ITmedia]

 企業経営にとって「サステナビリティ2026問題」が避けて通れない重要課題になる――。

 世界的に不確実な環境が強まる中で、東京証券取引所のプライム市場に上場している時価総額3兆円以上の約70社は、2026年度から有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の記載が義務化されるためだ。時価総額が3兆円以下の企業にも続々と開示の波が訪れる。

時価総額3兆円以上の約70社は、2026年度から有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の記載が義務化される(以下、資料はBooost提供)

 この問題に詳しく、「サステナビリティの情報開示が今後の企業価値を決め、株価に影響する。急いで開示に向けた組織、体制を変えるべき」と訴えるのが、サステナビリティに関するコンサルティングを手掛けるBooost(東京都品川区)の青井宏憲社長だ。企業が取るべき対策について、青井社長に聞いた。

青井宏憲(あおい・ひろかず)2010年よりコンサルティングファームで、スマートエネルギービジネス領域を担当、スマートエネルギー全般のコンサルティング分野で創エネ、省エネ、エネルギーマネジメントの経験を積んだ。2015年4月にbooost technologies(現Booost)を設立。時価総額5000億円以上の上場企業を中心に、92カ国以上、約2000社19万2000拠点以上(2025年9月時点)の導入を推進。サステナビリティ関連財務情報開示全般の深い知見を持つ。Green×Digital Consortium運営委員。38歳。奈良県出身

知らなかったでは済まされない 「開示の時代」到来

――青井社長がBooostを立ち上げた狙いは、何だったのでしょうか。 

 ちょうど2015年4月にパリ協定が締結され、先進国だけでなく後進国も含めてグローバルで脱炭素を進めていこうということが決まりました。当社も、そのタイミングで設立しました。

 その後、IFRS(国際会計基準)が、過去データだけの財務情報だけでは企業価値が測り切れないとして、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が財務と非財務情報を統合し、稼ぐ力を主に投資家に開示するための基準を定めました。サステナビリティ開示の全般的な枠組みを示す基準である「IFRS S1 サステナビリティ開示基準」、気候関連の開示に特化した基準「IFRS S2 気候関連開示基準」を制定したのです。

 日本については日本版ISSBである「SSBJ」(サステナビリティ基準委員会)が開示基準を最終化し、金融庁がその適用を義務化する予定となっています。

 一方、本開示基準が求める「本質」を理解しないまま対応しようとしている企業も多く見受けられています。当社としても「このままではグローバルな競争環境の中で、競争力を下げることにつながってしまう」という危機感を覚え、日本企業に対して「経営OSをアップデートするための啓蒙活動をしていかなければならない」と考え、事業を運営してきました。

――その背景にあるのが、グローバルで増加し続けている温室効果ガスになりますか。

 産業革命以降、毎年、世界で590億トンの温室効果ガスが排出され続けています。やっかいなのは、このガスが大気中にとどまっているため太陽の光を吸収して温度を上げてきていることです。これを解決するには社会全体のシステムを変える必要があります。

――日本ではどの企業がサステナビリティの情報開示を義務付けられる対象になりますか。

 東証プライムに上場している時価総額3兆円以上の企業約70社が2026年度、つまり2027年3月期決算から有価証券報告書での報告が義務付けられます。その次は同1兆円以上企業の約200社弱が、さらに1年後の2028年3月期に義務化されます。業種は化学や鉄鋼などのエネルギー多消費産業だけでなく、全ての業種が含まれます。

 同5000億円以上1兆円未満の企業については現在、所管官庁の金融庁が年内をかけて義務付けるかどうか審議中です。上場企業の中には、このことを知らないCEO(最高経営責任者)も意外と多く、当社でも経営層向けの啓蒙活動に努めています。

――これまでの財務情報と非財務情報を合わせて出していた統合報告書と、ISSBが求めているサステナビリティ基準を盛り込んだ報告書とでは、何がどう違うのでしょうか。

 これまでの統合報告書はマルチステークホルダー向けに幅広いサステナビリティ関連情報を開示していました。その中で温室効果ガスの排出量などのサステナビリティ関連情報の開示が求められました。ISSBが求めるサステナビリティ報告は、特に投資家に影響のあるファイナンシャルマテリアリティ、財務的に影響があると会社が判断したESG、つまり環境、社会、ガバナンスについての指標、財務的影響も含む詳しい説明が求められます。

 この説明内容が企業価値を上げるフレームワークを伴う形で提示されていれば、投資家からも評価されます。一方そうでない場合は、株価にとってマイナス要因、つまりディスカウントにつながる可能性があります。

――対象となっている企業で、きちんと開示できている先進企業はどこでしょうか。

 キリンホールディングスは、SSBJ基準が義務化される前にSSBJ基準で開示をし、話題になっています。一方、義務化を求められている多くの企業が、いまだに準備段階であり、ほとんど対応できていないのが実情です。

――海外のグローバル企業では、サステナビリティに関するリスクにさらされた事例がありますか。

 米国の化学電気素材メーカーの3Мは、有害性が疑われている化学物質製造のポリフルオロアルキル化合物(PFAS)を工場周辺に流出させました。これによって巨額の損害賠償訴訟に直面した結果、株価が66%も下がりました。

 EVメーカーの米Teslaは、欧州に進出するために工場を建設しました。ですが、水が不足するエリアに工場を作ってしまった結果、周辺の環境団体から訴訟を提起されました。結果、工場が操業できなくなり、株価が3%下がる事態になりました。服飾大手の仏DIORも、中国で人権を無視した強制労働をさせてブランドバッグを製造しました。これがメディアに出てしまい、サプライチェーンが混乱するなど、大きな打撃を被っています。

――適切な情報開示をする上で、どのあたりが難しい点になるのでしょうか。

 このように温室効果ガス以外にも、企業価値にマイナス影響を与えるような事例が多く出ています。こうしたことの財務的影響がいくらあるのかを計算して開示し、経営にどのくらい影響があるのかを示さなければなりません。これが今回の義務化で、非常に難しい点になっています。

 これまで大企業のサステナビリティ担当者は、水の使用量、温室効果ガスの排出量の数字などを収集し計算して出していました。今後は財務データと統合し、財務的影響を計算した上で開示しなければなりません。

 投資家は、その財務的影響がどうなるのかを最も注視しています。しかし多くの会社はこうした情報が経営層に十分伝わっていません。つまり(これまで行ってきた)「CSR(企業の社会的責任)の一環でしょう」としか考えていない状況なのです。社内に設置している「サステナビリティ推進部」で検討させるといったような「担当部署への丸投げ」の状態が多く見受けられます。これが「サステナビリティ2026問題」です。

 義務化は、グローバルで国際会計基準を定めているIFRSが「よーいどん!」でスタートしていきます。CEO、CFOを含めて全社的に、投資計画を含めいかにして移行していくのかを検討している会社と、担当部署に任せている会社とでは、企業価値が大きく二分していくでしょう。日本の国際競争力に大きな影響を与えます。従って2026年が、非常に重要な分岐点になります。

――一度にフル開示は難しいため、経過措置もあるようですね。

 SSBJでは制度開示の初年度は経過措置として財務的影響、Scope3、気候関連以外などは出さなくてよいという開示を認めています。ですが、これでは財務的影響が開示されていないため、投資家にとっては投資決定をする上で、ほとんど意味のない情報なのです。われわれはこれを「SSBJミニマム開示」と表現しています。

 いま多くの日本企業は「SSBJミニマム開示」でやり過ごそうとしています。しかし投資家が投資決定をする上では必要のない情報なので、株価をディスカウントされてしまいます。このため、財務とのコネクタビリティ(関連性)を含めた情報開示が求められています。

――情報開示が未達、不十分だと、企業はどんな不利益を被ることになるのでしょうか。

 まず排出ガス基準が未達になると、2026年度からスタートする予定の炭素税が課税されることになります。どのくらいの課税がされるかについては、今制度設計がなされています。大企業だと年間で数百億〜数千億円もの課税になることを予想している企業も多く、そうなると大きな負担になります。

 その企業に投資をしている投資家から「サステナビリティの対応が十分でない」と判断されると、株式を売却されることにもなりかねず、株価を引き下げる要因にもなります。このため、経営陣もいかにこの状況を変革するのか、移行計画を含めた中長期的なサステナビリティ対策を重視して取り組まざるを得なくなっています。

――情報開示ができてない企業には、どんな対策が求められるのでしょうか。

 現場に丸投げしている現状から、経営全体で理解する状況へと変えなければなりません。財務的影響がどれだけあるのかを見極めた上で、2030年、2050年までの中長期的な経営計画の中に組み込み、GX(グリーン・トランスフォーメーション)、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を経営主導で実行していく必要があります。開示のための開示ではいけないのです。いかに戦略的に開示基準を満たして事業をブラッシュアップできるか。これが問われています。

――欧米の対応はどうなのでしょうか。

 米国では民間主導のイニシアティブが進んでいます。このため、トランプ米大統領の政策に関係なく、民間で取り組んでいます。例えばGAFAは、再生可能エネルギーをどんどん買っています。欧州はIFRSの基準よりさらに上を目指そうとしました。ですが「そこまでやると欧州だけがグローバル競争で損をする」という意見が出て、現在はIFRSのベースラインより上にするかどうかを議論している段階です。

 中国を含めて35の国と地域(法域)が、法律や規制の枠組みにISSB基準を導入することを決定しているか、導入するための措置を講じていて、世界のGDPの60%、世界の温室効果ガスの60%がカバーされることとなり、世界基準になりつつあります。

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