日中関係が悪化するたび、消費者の中には中国の悪い話を聞いてスカッとしたい、「中国こそ危機に追い込まれている」という話で安心したい人が一定数現れる。出版社はそういうニーズをくみ取って「売れる本」をつくるのが仕事だ。
そして、どこかの出版社で「中国経済崩壊本」がヒットしたら、他の出版社も2匹目のドジョウを狙う。といっても同じような内容の本を出しても売れないので、もっと過激なことを言ってくれる著者を探したり、中国のもっとひどい惨状をあおったりするように「コンテンツの先鋭化・過激化」が進む。かくして、書店の棚には「中国経済崩壊寸前」をうたうコーナーが出来上がるという流れだ。
さて、このような話をすると、「ゴチャゴチャうるせえなあ! 中国経済が失速しているってのは紛れもない事実で、多くの人が関心があるんだから、それがマーケティングだとかなんだとか関係ないだろ!」と不愉快になる方もいらっしゃるだろう。
おっしゃる通りで、これを「愛国エンタメ」として楽しみたい方は、どうぞ心ゆくまで中国経済崩壊ぶりを楽しんでいただきたい。ただ、政治にかかわる人々や、企業経営などで重要な決断を下す立場にあるビジネスパーソンなどに限っては、あまりうのみにしないほうがいいと言っているのだ。
歴史を振り返ると、日本の指導者層というのは、メディアが“売らんかな”で過剰に相手を貶(おとし)める報道を真に受けて冷静さや客観性を失い、ひどい状況判断をすることが往々にしてあるからだ。
例えば、戦前に東京商工会議所の理事長や、中華民国中央儲備銀行の顧問を務めていた経済学者の木村増太郎氏は、1941年の著書『東亜新経済論』(投資経済社)の中で、当時ちまたにあふれた「中国経済崩壊論」について触れている。
「今次事変に於いて、わが國多くの論者の、支那経済崩壞による事變の早期終結といふ樂觀的見解が脆くも破られ、好むと好まざるとに拘らず、長期化を余儀なくせしめられたのである。いひかえれば、支那の、無組織の有つ経済力は、或る場合に於いて数字と理論を超越せる底力を発揮し得るのである」(『東亜新経済論』83ページ)
「暴支膺懲」(乱暴な中国を懲らしめよう)のスローガンのもとで始まった日中戦争は「楽勝」「すぐに決着が付く」という楽観論があふれていた。当時のメディアや専門家が、中国経済は弱くとても戦争を続けられるようなものではないという「過小評価」をふれまわっていたからだ。
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